コラム

輝きと、つまずきと
――森敬斗が一軍で得たもの

2021/10/25

 瞬く間に遊撃手の頭上を通過した打球は、左中間フェンスに達するまで転がった。

 打者走者の森敬斗は、打った直後から三塁到達をもくろんでいた。二塁を蹴るころ、野手の打球処理にわずかなもたつきがあると見て確信、悠々と目標地点に滑り込んだ。

 10月20日、横浜スタジアムでのジャイアンツ戦、4回裏のワンシーンだ。この時点のスコアは2-2。森の一打によって1アウト三塁となり、ベイスターズは勝ち越しの絶好機を迎えた。

次打者が打席に入り、森にはギャンブルスタートのサインが伝えられた。いかなる打球であっても、ボールがバットに当たった瞬間、本塁に突っ込む指令だ。

 投手と打者の勝負はフルカウントまでもつれ込む。6球目、白球はバットに接することなく捕手のミットに収まった――直後、三本間に挟まれる森の姿があった。

 自らつくったチャンスを、自らのミスでつぶした形になった。森は言う。

「(本塁に)かえりたい気持ちが強くて力んでしまった。気持ちが、前に、前に行ってしまった」

 長所と課題がせめぎ合う19歳。2年目のシーズンが、まもなく終わろうとしている。

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「おれが行くんだ」と思っていた。

 森は、2021年のうちに遊撃手のレギュラーを獲ることを目標として開幕を迎えた。ファームからのスタートとなったが、目指す方向性は明確だった。

「一軍で試合に出るってことを想定して、毎日毎日、試合をして。守備にしてもバッティングにしても、一軍でレギュラーを獲るにはどうしたらいいか。それを考えながら、練習も試合もやっていました」

 重点的に取り組んだことの一つが盗塁だった。昨シーズンはファームで58試合に出場して7盗塁(失敗7)。今シーズンは同69試合で16盗塁(失敗8)と、果敢に仕掛けた。

「去年なかなか走れなかったのは、準備が足りていないというのが大きかったと思います。体の準備もありますし、相手ピッチャーのクセ(の分析)だったり、気持ちの面でも。そういうところでマイナス、マイナスなほうに考えてしまっていた」

 走塁の消極姿勢を克服しただけでなく、打撃成績にも成長は表れている。ファーム打率は.210から.255へと向上。むろん納得のいく数字ではないものの、プロの投手と対戦する経験を積みながら「自分の中でわかってきたものはある」。

 昨オフのテーマに掲げたのは、パワーアップだった。ファームでの長打率は.280から.369へと大幅に上がり、本塁打も2本から6本に。「もっともっとやらなきゃいけない」と森は言うが、取り組みの成果は出てきたと言える。

 一軍で戦う準備が着々と整う一方で、それを発揮する機会はなかなか訪れなかった。

 4月下旬、柴田竜拓が左肩を脱臼し、登録を抹消された。入れ替わりで一軍に昇格したのは、知野直人だ。そのときのことを、森は正直に明かす。

「『おれが行くんだ』って、自分の中では思ってました。でも呼ばれなくて、やっぱり悔しくて。『何でだ』って……」

 ただ、いくら悔しがっても現実は変わらない。「与えられたところで、自分はいま何をしなきゃいけないのか」。そこにフォーカスし直して、ファームでの日々を過ごした。

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“お試し”で上がったわけじゃない。

 森がついに昇格の日を迎えたのは7月10日のことだった。脱臼から復帰していた柴田が試合中に左手の指に裂傷を負い、2度目の抹消。その枠に今度こそ滑り込んだ。

 当時の感情を反映してか、振り返る森の口調が強くなる。

「『やっと来た』という感じでしたね。待ちわびた舞台だったので。半年間ずっとやってきた。戦力としてチームに貢献できるようにということを考えて、一軍に来ました」

 ルーキーイヤーだった昨シーズンの終盤に、プロ入り後初めて一軍を経験した。そのときは周りの選手たちに支えられ、自分のことだけを考えていればよかった。

 だが、2年目の昇格に際しての心境はまったく異なる。「もう“お試し”で上がったわけじゃない」。その一言に自覚がこもる。

 首脳陣も森を積極的に起用した。同11日から、五輪による中断期間に入るまでの4試合すべてでスタメン。中断期間が明けたあとも、8月17日から7試合連続でスタメンを託した。

 森は今シーズン初スタメンとなったドラゴンズ戦で複数安打をマークして波に乗ると、溜め込んできた思いを解き放つかのように一軍のフィールドで躍動した。

「左ピッチャーを打てていないとか、もちろん課題もあったんですけど、やってきたこと、やろうとしていたことを、自分の思ったとおりにできた部分はあったので、自信につながっていきました。このまましっかりやっていければ……と」

 レギュラーの座へと続く道を走り始めた矢先、スタートダッシュの勢いはしぼむ。8月22日のジャイアンツ戦で5打数無安打。同24日のタイガース戦では、第1打席にヒットを放ったが、残りの4打席で凡退した。

 これが、長いトンネルの入り口だった。

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指揮官から呼び出しを受けた。

 森が次にヒットを打つのは、10月5日のタイガース戦の第2打席。そこまで30打席連続で快音を響かせられなかった。

 不振の時期が始まったころ、森は、三浦大輔監督と対話の時間を持っている。8月26日、京セラドームでのタイガース戦に敗れたあとのことだ。指揮官から呼び出しを受けた。

 その日は2番・遊撃手として先発出場していたが、2打席連続三振。3打席目に四球を選ぶも、第4打席を迎えたところで代打が送られた。

 三浦は森に心身の状態を問い、発言を促す。森はこう返した。

「最近、結果が出なくて、練習でもうまくいかなくて。悔しくて、考え込んでしまって……。そのままズルズルと試合に入ってしまったのは悪かったと思ってます」

 もとより三浦は結果を責めるつもりはなかった。チームを代表してグラウンドに立つ者として、ふさわしい姿を見せられているかを問いたかった。

 森の言葉にうなずき、諭すように言った。

「そういう姿っていうのは、みんなが見てる。自分が試合に出ているということは、出られていない選手がいるってことでもあるんだぞ」

 森が振り返る。

「まず試合に出させてもらっている、そのありがたみとか新鮮さというものが、自分の中でもう欠けちゃってたのかなって。三浦さんに『見ている人は見ている』と言われて、そういうところはなくしていこうと思いました。いちばん心に残っている言葉です」

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 以後、凡打が続く現実にもがきながら復調のきっかけを探った。「結果をほしがって、ボールに合わせに行っていた。だから自分のタイミングでボールが見えていなかった」。幾多の打者が通ってきた道だろう。どう乗り越えたのかという問いに、森はこう答える。

「いろんな人のバッティングを見たり、コーチに話を聞いたり、自分の中で試行錯誤したり。こういうことをやればうまくいくんじゃないかって。考えて、考えて、考えて……」

 インステップになり、そのぶん体を早く開こうとしているところに不調の原因があると思い至る。まっすぐ踏み込み、ゆっくりとタイミングを取るという解決策に、悩み抜いたすえ自力で行き着いた。

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痛恨のエラーも糧にして。

 今シーズンの最も印象深い試合として挙げるのは、9月24日のカープ戦だ。

 7回2アウト一三塁の場面の守りで、ゴロを捕球後、数メートル先の二塁に悪送球。アウトを取ればチェンジのところ、三塁走者の生還を許して失点につなげてしまった。

「印象に残るのは、いいプレーをしたときより、恥ずかしいプレーをしたとき。そのほうが、次につながる。あのエラーから守備の練習の意識が高くなりましたし、いま、少しずつよくなってきています。バッティングに関してもそうです。思いどおりにいかない時期が長かったけど、それもぼくにとっては大事な経験だったと思う。いま、ちょっとずつできるようになってきた。そのきっかけになっているので、ムダな時間じゃなかったんだなって」

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 10月、シーズンの終わりが押し迫り、森は再び出場機会を多く与えられている。現在の心境を、こう語る。

「調子としては、そんなに悪くないです。やっぱり試合に出させてもらっている限りは、チームに貢献しようと思ってやっています。ただ、これもやろう、あれもやろうとするのではなくて、背伸びせずに、慌てず目の前のプレーをすること、これまでやってきたとおりにやることを心がけています。そのほうが力まずに打席に立てるし、守備も楽になる。何より、試合に出られていることに感謝ですね」

 1年前、思い描く自身の将来像を次のように語っていた。

「1番か3番を打って、ショートでレギュラーを張っている。3年目にそうなっているイメージです」

 2年目のシーズンが終わろうとしているいま、その思いに変化はあるか。尋ねられ、はっきり答えた。

「まったく変わっていないです。来年は絶対、最初からレギュラーを張るつもりでいきたいと思っています」

 2019年のドラフトで1位指名を受けてから「あっという間の」2年が経った。一軍で実戦の場に立つ機会が増えたぶんだけ、苦みも味わった。

 その経験は、来シーズンへの糧だ。大きな瞳が見つめる近未来に、ブレは一切ない。