コラム

勝負球を内角へ!
――大貫晋一の挫折と復活

2021/09/06

 投げた勢いのままくるりと後ろを向き直り、6-4-3と渡るボールを目で追った。ダブルプレーの完成を見届けると、大貫晋一は少し安堵したような表情を浮かべ、ゆっくり一塁側ベンチへと歩を進めた。

 9月1日、横浜スタジアムにカープを迎えての一戦。6回表がこの試合のヤマ場だった。

 ベイスターズの先発、大貫が1アウトを取ったあと二塁打と四球で走者を溜めた。2点のリードを守り切るには、打席の菊池涼介を打ち取らなければならない。だが、菊池はこの日、タイムリーを含む2安打を放っていた。

「1打席目はスプリット、2打席目はスライダー。自信のあるボールを2つ打たれていました」

マウンドに駆け寄ってきた木塚敦志投手コーチが「初球から勝負だぞ」と声をかけた。バッテリーを組む伊藤光とは配球を確認した。

 外角へのスライダーを投じたあとの2球目は、内角へのツーシーム。3球目にも同じ球を選択した。

「多少、中に入ったとは思います。でも、腹をくくって思いきり投げました。ゴロを打たせるには、腕を振って勝負しないといけないと思っていたので。(精神的に)追い詰められてはいませんでした」

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安定していたパフォーマンスが瓦解。

 入団2年目の昨シーズン、チームで最多かつ唯一の10勝(6敗)に到達した。そのラインを越えることを、2021年の「最低限」の目標に据えた。

 オフの間に改善すべきウィークポイントとして焦点を当てたのは、「まっすぐの力強さ」。打たせて取るタイプだと自覚しているが、「狙って三振が取れたり、困ったときにまっすぐで押せたり」。かわすだけでなく、攻め込むための武器として、直球に磨きをかけたかった。そのためによく食べ、よく鍛えて、「なかなか増えたことがなかった」体重を5kgほど増やした。

 幹を太くして臨んだ今シーズン、右腕の滑り出しは決して悪くなかった。

 開幕ローテーションに入り、3月30日、自身初戦のスワローズ戦は7回1失点(勝ち負けつかず)。1週間後のドラゴンズ戦では5回2/3を投げて3失点で、1つ目の勝ち星をつかむ。その後も6連戦のアタマ、火曜日のゲームに登板し、先発の役目を果たした。

だが、4月最後の登板を境に、安定していたパフォーマンスが瓦解する。

 4月27日、対カープ。2回2/3を投げて、7失点。

 5月4日、対ドラゴンズ。3回を投げて、8失点。

 同11日のジャイアンツ戦こそ6回2失点にまとめて復調の兆しを見せたものの、持続はできない。

 5月18日、対ドラゴンズ。3回2/3を投げて、4失点。

 5月26日、対バファローズ。1回1/3を投げて、5失点(自責4)。

この試合のあと、大貫は出場選手登録を抹消された。

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「原点って何だろうね」

 早いイニングでの降板が相次いだ期間、いったい何が起きていたのか。

「そうですね……全体的に悪かったとは思います。いちばんぼくの印象に残っているのは、右バッターのインコースに投げきれなくなったことかな、と」

 右打者の内角――そこを突くのは、大貫の持ち味の一つだった。得意のツーシームで詰まらせ、打者を悔やませるゴロを打たせてきたはずだった。

 なのに、投げきれなくなったのはなぜか。大貫は思案しながら答える。

「なでるような、押し出すような投げ方になってしまっていました。怖さなのか、何なのか……はっきり『これだ』という原因はちょっとわからないんです」

 メンタル、体調、技術的課題。それらが微妙に重なり合った結果として起きた現象だったのだろう。明確な解決策も浮かばぬまま、ただ悪い結果だけが連なった。

 悪循環が極まったのは、2イニングすら投げきれなかったバファローズ戦だ。初回、吉田正尚の背後を通過するボールを投げた。

ボールがどこに行ったのかもわからないくらい、感覚がなかった。バッターの背中の後ろを通るようなボール、いままでは投げたことがなかったのに……。インコース要求のまっすぐでした。それまでの登板でかなり悪い内容が続いていたし、いいバッターだという意識もあったので『厳しくいかなきゃ点が入る』と。自分で自分を追い込んでいました」

 ファームでの再調整に向かうことになった大貫に、三浦大輔監督は言った。

「これで終わりじゃないぞ。這い上がってこい」

 さらに木塚と川村丈夫の両投手コーチと、3人で話をした。大貫が振り返る。

「インサイドだけでなく、両サイドにまっすぐを投げ込めていないことを課題として言われました。変化球でかわすようなピッチングが続いていたので。コーチからは『原点って何だろうね』という話がありました」

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死球を与えて開き直った。

 球界でしばしば語られるピッチングの原点とは、アウトコース低めへのストレートを指す。野球の理論の多くは時代とともに移り変わるが、この“原点投球”はいまなお通用する。それはなぜか――。

 ミーティングでの話題は、そんなふうに展開した。

「いいものだから、残っている。ブレずにそこを突き詰めよう。まっすぐをしっかりと両サイドに投げ込めるようになってからの変化球じゃないか」

 ファーム降格という現実に、大貫は肩を落としていた。「こんなにできないんだ、と自分にいら立っていた」。そんな状態から、復活に向けての一歩を歩み始めた。

 ファームの試合に登板しながらの再調整。ツーシームの割合を極力減らし、右打者、左打者問わず、内角に直球を投げ込んだ。

 自身の変化を感じ取った一球がある。6月20日、イースタン・リーグのスワローズ戦でのことだ。

「右バッターにデッドボールを当ててしまいました。でも、それぐらい行ってもいいんだなと気づけたんです。臆することなく腕を振れるようになってきたかなと思えた一球でした」

 打者にぶつけて怯むのではなく、むしろ開き直った。この試合から1週間後の6月27日、大貫は1カ月ぶりに一軍復帰。昇格した即日、タイガース戦の先発マウンドを託される。

 5回2失点と試合をつくって今シーズン2勝目を挙げ、以来、安定軌道に乗った。再昇格後に先発した6試合は、計35回1/3で7失点。この間、4勝して負けなし、防御率1.79と申し分ない成績を残した。

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あのマウンドに5月の大貫が立っていたら――。

 9月1日、カープ戦に先発した。このカードで投げるのは、およそ4カ月ぶり。前回は4月27日、3回もたずして7失点でマウンドを降りた。

 大貫は言う。

「意識はしましたね。対広島の防御率が23点台だったので。このままにしておくわけにはいかない、しっかりやり返したい思いがありました」

 リベンジを期した一戦、投球の内容はよくはなかった。「まっすぐに力はあったと思うけど、うまくコントロールできなくて」。毎イニング安打を許し、塁上に走者を背負った。それでも5回までを1失点にまとめ、6回もマウンドに立った。

 1アウト一二塁で、この日2安打の菊池との勝負。果敢に内角を攻めて、ショートゴロ併殺に打ち取った。

もし、あのマウンドに5月の大貫が立っていたら――?

 そう問われると、間を置かず答えた。

「たぶん、もうちょっと弱い球になってたんじゃないですか。もしくはちょっと引っかいて(押し出すように投げて)ボールになっていたか。勝負できなかったかもしれないですね」

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 5月の終わり、自らの不甲斐なさを痛感し、ガックリとした心持ちで一軍を離れた。だが、ファームでの1カ月間、課題と向き合う時間を得られたからこそ、いまがある。明確に言う。

「オリックス戦のあとファームに行ったことが、いちばんのターニングポイントでした」

 このところ好投を続けているとはいえ、借りはまだ返せていない。

「前半戦に失った信用を取り戻すのは難しいと思う。これに満足することなく、いま以上に、いい仕事ができるようにしたい。もっともっと勝ちに貢献したいなって、本当に強く思っています」

 何度も踏まれ、折れ曲がったが、再び天に向かって葉を開いた。身も心も、まだまだたくましくなれるはずだ。