コラム

逆境を力に変えて
――坂本裕哉、エースへの道

2021/08/23

 坂本裕哉は、ほんの少し、口角を上げた。

 8月19日、東京ドームでのタイガース戦、4回表のマウンド上だ。

 2点リードのベイスターズは、ピンチを迎えていた。ノーアウト一二塁で、相手打線は中軸。それなのに、先発投手が表情を緩めたのはなぜか。

 坂本はよく、自身が登板した試合の映像を見る。最近、あることに気づいた。

「いい試合と悪い試合で、立ち姿、顔がはっきり違うなって。いいときはリラックスしていて、自分主体で考えられている感じ。悪いときは、必死すぎるというか、余裕のない表情になってしまっていた。それがわかってから、どんな試合でも、いい試合のときの表情をしようって思ったんです」

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旧友との「走り方」改革。

 ルーキーだった昨シーズン、開幕2カード目のドラゴンズ戦で初先発。6回無失点の好投を見せ、デビュー戦を白星で飾った。

「先発ローテーションを守り抜く」という目標達成に向けての第一歩を順調に踏み出したかに見えたが、早々に頓挫する。試合中に捻挫した右足首の状態が想像以上に悪かったのだ。当初は「2~3週間で復帰できる」と楽観していたが、実際には一軍復帰登板までのプロセスをこなすのに2カ月以上を要した。

 最終的に10試合に先発して4勝1敗、防御率5.67。坂本は言う。

「全然、納得のいくシーズンではなかったです。ケガが明けてから、自分の理想のピッチングはたぶん1試合もできなかった」

体力強化に励んだオフ、とりわけ「走り方」の改善に重きを置いた。きれいなフォームで速く走れる人は、投げる球にも勢いがある。三嶋一輝らの姿にそうした印象を抱く一方、自分の走力のなさも痛感していた。

 坂本が教えを請うたのは、現在BCリーグ・福島レッドホープスに所属する藤﨑真悟投手だった。

「中学校ぐらいからの友だち。ものすごく足が速いんですよ」

 旧友から走り方を聞き出し、球威にもつながる出力の高め方を模索。ダッシュは着実に速くなったという。

 プロ2年目の春季キャンプは、一軍のメンバーに選ばれなかった。その現実を坂本は飲み込み、成長のエネルギーに変えた。

「もちろん、悔しかったです。でも、『なんで一軍じゃないんだよ』という気持ちにはならなかった。実力も、実績も認められてないってことだなと受け入れて。ここから絶対に上がっていってやる、と」

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もう絶対にあんな思いはしない。

 今シーズン初先発の機会を得たのは、開幕から19試合目、4月16日のジャイアンツ戦だった。

 このとき、ベイスターズは6連敗中。坂本は言う。

「逆境というか、(連敗ストップなどの)条件つきの試合って、個人的には燃えるんです。そういう試合のほうが楽しい。『おれがチームの連敗を止める』って」

 だが、気概は空回りした。5回3失点。10本もの安打を浴びせられた。「なかなか思いどおりに攻められなかった」。

 2度目に先発した試合では、燃える気持ちを結果で示すことができた。4月23日、タイガース打線を6回1失点に抑える。快勝し、チームは10連敗で踏みとどまった。

 前半戦だけで昨シーズンに並ぶ10試合に登板したが、常に安定していたとは言いがたい。なかでも、6月20日のカープ戦は苦い記憶だ。

 最も印象深いゲームとしてその試合を挙げた坂本は、こう話す。

「チームが大量得点で勝っていた展開(4回終了時点で8-0)だったけど、5回に崩れてイニングの途中で代えられたのは……自分の野球人生の中でもだいぶ上位にくる悔しさでした。ソロホームランで1点入って、不運な内野安打が2本続いて、そこからヒット、ヒットでランナーをかえされてしまった。野手の方にあれだけ点を取ってもらったのに、先発ピッチャーとしての役割を果たせなかったという気持ちがすごくあった」

もう絶対にあんな思いはしない――。そう心に誓って再び歩みだした。次回登板以降の4試合は3勝負けなし。前半戦の最終登板となった7月13日のタイガース戦では、自己最長の7回を投げ抜いた。

「その後につながった試合」と坂本が言うとおり、失敗は成長の糧となった。

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新たに見つけた「間」と「フォーム」。

 オリンピック開催に伴うペナントレースの中断期間中、さらなるステップアップにつながる出来事があった。「試合中の修正能力」という課題に対し、解決の糸口が見えてきたのだ。

 ひとつは、投球の「間」。ファーム投手コーチ、大家友和の指導によるものだ。

 大家は、ファームで調整中だった坂本に、こう伝えたという。

「ピンチになっても『間』が一定で、単調になってしまうクセがある。思いきって『間』を長くつくったり、逆にセット(ポジション)に入ってからすぐに投げたり。そうやって、バッターが嫌がることをするという考え方で投げてみたらどうだ?」

 さっそくファームの試合で試すと、感触は上々だった。「間」を長くつくっても自分の投球にマイナスの影響が出ることはなく、その一方で打者はリズムを乱されている様子だった。

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 もうひとつは、投球フォーム。こちらはファームのトレーナーが気づかせてくれた。

 坂本は投球の際、右足を踏み出し、球をリリースするときに軸足(左足)の足首が回り過ぎるクセがあることを指摘されたのだ。足首の回転は、下半身の力がそこから逃げていることを意味する。坂本は言う。

「足首が回り過ぎないようにして、左足の母指球(親指の付け根)でプレートを押すようなイメージで投げられれば、下半身の力が逃げない。そういう動きのエクササイズをトレーナーさんに提示してもらったんです。自分でも気づけていなかったところ。こういう使い方なんだっていう発見をさせてもらって、トレーナーさんに感謝です」

 その効果は強く実感できている。

「ファームの試合で投げたとき、まっすぐのベース板での勢いが強くなりました。そこの下半身のポイントをひとつ意識するだけで、球を前で離せる感覚が出る。前半戦は変化球の回転数が少なかったり抜けたりして精度がすごく悪かったんですけど、強く腕を振れて、イメージどおりに球が曲がるようになってきました」

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「三振を取りにいくぞ」

 新たな引き出しを得て迎えた後半戦。3連敗スタートとなったチームを救うべく、背番号20がマウンドに立った。

 冒頭で触れたタイガース戦、3回まではパーフェクトの立ち上がりを見せる。

 しかし4回、先頭の近本光司にセーフティバントを決められ、糸原健斗には死球を与えてしまう。ここからJ.サンズ、大山悠輔、佐藤輝明と続くクリーンアップとの対戦。坂本が振り返る。

「まだ終盤じゃないし、1点やってもいい、という雰囲気ではあったんですけど、ぼく自身は、ここは絶対にゼロでいかないといけないと思っていました。1点はオッケーという気持ちでスキを見せたら、絶対に勝てない。サンズ選手を打席に迎えたとき、(捕手の山本)祐大には『三振を取りにいくぞ』と言いました」

 ピンチでも、意識的に平時の表情を保った。サンズへの3球目は、大家の教えのとおり、じっと長く「間」をつくってカーブを投げた。4球目、狙った三振は奪えなかったが、併殺打を打たせた。大山もライトフライに打ち取って、このイニングを無失点で切り抜けた。

 5回に同点に追いつかれたが、その裏に味方打線が勝ち越し。6回まで投げた坂本は、今シーズン4つ目の勝ち星を手に入れた。

1年目は「がむしゃらに投げていた」。2年目の今シーズンは、一つひとつ積み重ねた改善点を実践しながら投げている。だから、手ごたえがある。

「試合で修正していくやり方が、だんだん自分の中で形が見えてきました。後半戦は試合ごとによくなっていくんじゃないかなと思っていますし、そうなるように取り組んでいかないといけない」

 昨シーズンはデビュー戦の1度だけだったクオリティ・スタートを、今年はすでに4度達成した。それは、坂本の進歩であると同時に、首脳陣からの期待や信頼が高まりつつあることの証でもあるだろう。

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 今永昇太を鑑とする24歳の左腕。これからに向けて、力強く言葉を放つ。

「プロ野球でピッチャーをやらせてもらっている以上、もちろん、そこ(エース)をずっと目指してやっていますし、早くそうなれるようにがんばりたい。調子が悪いときでも、いいときの状態に寄せていく修正能力をもっとつけて、自分のチームが有利になるような展開にもっていく投球を全試合でできるようなピッチャーになりたいです」

 貪欲に、エースの座を狙いにいく。