コラム

一軍のマウンドまで、あと少し
――東克樹、長いリハビリを乗り越えて

2021/08/02

 7月11日、平塚球場で、ファームの試合が行われた。

 場内にベイスターズの先発投手の名前がコールされると、800人ほどの観客から大きな拍手の音が湧き起こった。

 東克樹――。2020年2月に左ヒジにメスを入れて以来、1年5カ月ぶりとなる実戦のマウンドだ。

「長かったリハビリを越えて、ようやくこの場に立てたな、と。緊張よりワクワクのほうが強かった。一軍復帰していないのでまだ“プロ野球選手”とは言えないと思っているんですけど、やっと“野球をやってる人”にはなれたかなって」

 入団4年目の25歳は、明るい口調で振り返った。

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「ぼくは手術を受けたいです」

 ドラフト1位ルーキーだった2018年、11勝(5敗)を挙げて新人王になった。

 しかし、翌2019年は左ヒジの故障と向き合い続けるシーズンになる。痛みは「よくなったり、悪くなったり」。やがて心の中に、ある思いが膨らんだ。

「このまま何年もズルズルいくような状況をつくるよりは……。次に痛くなったら、手術を受けよう」

 2020年のキャンプが始まって早々に「次」はやってきた。もう決断はできていた。トレーナーに対し、「ぼくは手術を受けたいです」と明確に伝えた。

 2月20日、左ヒジの内側側副靱帯再建術、いわゆるトミー・ジョン手術を受けた。手術の直後、まったく曲げ伸ばしできない自分の腕を見つめながら、東は思う。

「ほんとに治るのかな。曲がるようになるのかな……」

 少なくとも1年はかかるとされるリハビリのプログラム。「やるからには前よりもいい状態に。パワーアップして帰ってこないといけない」と歩みだした。

 だが、その過酷さは想像を超えていた。

 走る。トレーニングをする。治療を受ける。ボールを投げられるようになるまでのメニューは地味で、繰り返される日々はあまりに単調だった。

「モチベーションが上がってこないこともあった」と、東は正直に明かす。そんなとき、折れそうな心を支え、前を向かせてくれたのは、田中健二朗の姿だった。

 田中も2019年8月にトミー・ジョン手術を受け、復帰を目指していた。自分がこれから歩もうとしている道を、すでに歩んだ先輩が間近にいる。その背中が頼もしくないはずがなかった。

 東は言う。

「健二朗さんが半年先に手術を受けて、そのリハビリの過程を見ることができました。ぼくはそのあとを追えばいいんだって思えたことは支えになりましたね。リハビリがどういうふうに進んで、どの時期にどれくらい投げられるのか。自分の状態と照らし合わせながら進むことができたのはよかった」

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「ひょろひょろの球」を投げるところから。

 東は、リハビリが節目を迎えると、自身のツイッターでファンに向けて経過を報告した。手術からおよそ半年が経過した2020年8月17日、こう綴っている。

“30mほどの距離でキャッチボールをしています!

日々、距離と強度も上がってきており、かなり順調です!

投げる事はこんなにも楽しい事なんだと身に染みて感じています!”

 術後初めてボールを投げたときは「めちゃくちゃ怖かった」。5mほど先にいる相手に「ひょろひょろの球」を投げるところからのスタートだった。それが30mになり、10月には50%、11月には100%の力で腕を振れるようになった。12月にはブルペン入り、そして今年4月には捕手を座らせての投球を始めた。

 手術を終えたとき、曲がりもしなかったヒジの関節。いま自在に動かせるようになって、身体の神秘を思う。

「ほんとに、人の体ってすごい。治っていくんだなあ」

 その間、当初誓ったとおり、東はパワーアップを果たす。継続したトレーニングの成果で肉体はより筋肉質になり、厚みが増した。

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 ケガを防ぐためのフォーム改善にも取り組んだ。以前のフォームは、踏み込む右足のヒザが着地の際に外側を向く傾向があり、体が傾くことでヒジに負担がかかる要因となっていた。その課題を修正したことに加え、ヒジへの負担軽減のためにテイクバックをコンパクトにした。

 手術からの1年半ほどの時間を、東は「長かったといえば長かったし、早かったといえば早かった」と振り返った。相反する2つの感覚には境界線がある。

ボールを投げられるようになるまでは、時間の進みが遅かった。

ボールを投げられるようになってからは、時間がいっきに早く進んだ。

「日が進むのが早すぎる。もうこんな時期か」

 復帰が現実味を帯びるにつれ、野球ができる楽しさの一方で、焦燥感に似た思いも湧いてきた。

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延期となった復帰の舞台。

 3月16日、ともにリハビリに取り組んできた田中が、春季教育リーグのライオンズ戦で2年半ぶりとなる実戦復帰を果たす。東にとって、他人事とは思えない出来事だった。

「健二朗さんは(ヒジの)状態の波がかなりあったと思う。だからこそ、練習に取り組む姿勢、その一生懸命な姿がよけいに強く感じられました。あのゲーム復帰は、ぼくとしても『がんばらなきゃ』という思いを強くさせてくれた」

 東は「次は自分が」と復帰への思いを加速させていく。6月の初旬には実戦での登板予定が組まれていた。

 しかし、5月の終わりごろ、ヒジの状態が「ちょっと思わしくなくて」。待ち焦がれた復帰の舞台は無情にも延期されることになった。

手術から現在までの期間のうち、この時期がもっともつらかったという。ようやくスタートラインに立てると思っていた矢先の一歩後退。「気持ちはすごく落ち込みました」。

 それでも、新たに生まれた時間をムダにしなかった。東は言う。

「早く投げたいって気持ちがかなり強すぎたのかもしれません。あらためて、もう一度、違う視点で自分の体を見つめ直しました。その期間があったからこそ、いまはすごく状態がいい」

 そして、7月11日の復帰登板をようやく迎えることができたのだ。

「練習と違う空気感というか……楽しかったですね。打者との駆け引きをしながら『あ、これだ、これだ』みたいな。なつかしく思えるような感覚が蘇ってきました」

 この日はマリーンズを相手に2イニングを投げて、被安打1、奪三振4。

 24日にはファイターズ戦で3イニングを任され、被安打2、奪三振3という内容だった。

 納得のいく1球はあったかと尋ねられると、東は苦笑した。

「まだ、そこのレベルまで達してないですね。一人ひとり、死に物狂いで投げてるっていうか。ぼくの感覚の中では、まだまだよくなるような感じがするんです。今後、長いイニングを投げるようになってから、納得のいく1球が出てくるんじゃないかなと思います」

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「いい道しるべになれるように」

 実戦での登板後も、ヒジに異常はなかった。

 ファームで「投げる体力」を取り戻しながら、今シーズン中の一軍復帰を目指す。

 リハビリに費やした1年半を経て、東克樹は変わったか。そんな問いに対して、きっぱりと言った。

「変わりました。野球に取り組む姿勢、準備に対する考え方。本当に入念に準備しないと、またケガをしてしまうので、そこに対する考え方はすごく変わったかなと思います。トレーニングに対する姿勢も変わりました」

 変化はそれだけではない。チームメイトの名前を挙げながら、こう話した。

「同級生の平良(拳太郎)が同じ手術をすることになって。手術をするにあたって、いろいろと聞かれたことに答えました。ぼくは直接は言われてないんですけど、トレーナーさんから聞いたところだと、ぼくの話が(手術を決断する)後押しになったと話していたそうです。

 復帰まで1年以上かかることがわかっていて、それでも手術をするというのは、やっぱり苦しいと思う。ぼくにとって健二朗さんがそうであったように、ぼくも平良にとってのいい道しるべになれるように、がんばっていきたいなって思います」

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 長いリハビリを乗り越えて再び活躍する姿が、自分以外の誰かの力にもなる。そう信じて、東は復帰ロードのラストスパートに入る。

 一軍のマウンドまで、あと少しだ。