コラム

“便利屋”に新たな価値を
――砂田毅樹の秘めたる野心

2021/07/12

 

 たった1球で、マウンドを降りた。

 7月11日、バンテリンドームでのドラゴンズ戦。1-1の同点に追いつかれた6回裏、なお1アウト満塁のピンチで、砂田毅樹の出番は来た。

 初球、外角への直球は狙いより高めに。大島洋平がレフトに放った飛球は犠牲フライとなり、ドラゴンズに勝ち越しを許した。砂田が振り返る。

「同点で抑えておきたい気持ちはありましたけど、セカンドランナーをかえさないようにしなきゃいけないとも思っていました。もちろん、ゲッツーを取れればベスト。でも、ゴロが内野の間を抜けてしまえば(二走の京田陽太も本塁にかえって)2点入ってしまう可能性があった。そう考えたときに、最低限アウトを1つ取ることに重きを置くべきだ、と。浅いフライであればよかったけど、イメージに近い結果は出せたのかなと思う」

 砂田の今シーズンの登板は37試合に達し、山﨑康晃に並んでチーム最多タイとなった。

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「なんでこんなにうまくいかないのか」

 2017年、62試合。

 2018年、70試合。

 若き左腕はよく投げた。

 だが2019年以降、その姿を一軍ではとんと見なくなる。ファームで過ごす時間のほうが長くなり、チームにおける砂田の立場はいっきに苦しくなった。

「2019年は……全然ダメだったなって。結果だけではなくて、野球に対しての考え方もなってなかったというか。慢心、過信していた部分が出てしまっていた。できることならもう一回やり直したいって思うぐらい、イヤな一年でした」

 欠かすことのできない主力メンバーの一人になり、欲が出るようになっていた。「いい場面、勝ち試合で投げたい」。そんな気持ちが強くなり始めたのは2018年のシーズン後半だ。だからこそ、突如として緩い地盤に立たされた2019年は、心まで不安定になった。

 同年6月13日、シーズン2度目の登録抹消。その直前、胸に抱えていたもやもやを、ある選手にぶつけていた。

 思いを受け止める壁となったのは、柴田竜拓だった。砂田は言う。

自分、柴田さんのことが好きなんです(笑)。尊敬してるっていうか。柴田さんはもちろん主力として試合に出ていますけど、あまり目立てない立場でもあると思う。いいプレーをしても『柴田さんだから(それぐらいはできて当然)』というふうに周りからは見られてしまう。でも、そうやって陰ながらチームを支えている姿が、すごくかっこいいなって思うんですよね」

 砂田は、自らが置かれた状況に対する不満を込めて「なんでこんなにうまくいかないんですかね」と柴田に伝えた。悩む投手を前に、柴田はこう話したという。

「たしかに現状に対して不満に思うこともあるだろうけど、野球に対してしっかり向き合うことが大事だよ。おれにも同じような時期があって、筒香(嘉智)さんによく相談していた。そこで言われたのが『野球に対してちゃんと向き合えていないから、そういう不満が出てくる。自分がいま何をしなきゃいけないかということに目を向ければ、どんどん流れが変わってくる』ということ。そう言われたとき、すぐにはわからなかったけど、苦しい時期に耐えながら野球に向き合っていくと、その意味が見えてきた」

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新しい分野をつくりたい。

 筒香の言葉の真意をのちに実感した柴田と同様、柴田の言葉は砂田の心に時間をかけて浸透した。野球に対して真摯に向き合う。当たり前のようでいて、どこか忘れかけていた気持ちを取り戻して以降、一歩ずつ復活への道を歩み始めた。

 2020年も、一軍は依然として遠かった。ファームでは好投を続けていたが、首脳陣からの信頼を再び得るまでにはなかなか至らなかった。

 同年夏、砂田はそれまで力を入れてこなかったウエイトトレーニングに励むようになる。2019年オフに自宅に設置したトレーニング機器の出番が増えた。「体のキレを出すため」全身の筋力向上に注力した。

 シーズン終盤に入った10月1日、ようやく一軍から声がかかった。その後の31試合のうち17試合に登板。長く充電してきたエネルギーを解き放つかのように、一軍の舞台で結果を積み重ねた。

 2021年を迎えるにあたり、砂田の気持ちは晴れ晴れとしていた。慢心や過信、それらを根源とする欲はもうなかった。

「勝ちであろうが、負けであろうが、10点差ついていようが、投げるってことがいまは楽しい。どんな場面でもいいから、投げたいし、投げさせてほしいし、チームの勝利に貢献したい」

 そう願ったとおり、開幕後の砂田にはさまざまな場面で登板の機会が与えられている。その役割は、よく用いられる言葉を使えば“便利屋”と表現できる。砂田はやや語気を強めて言った。

「自分は、新しい分野をつくりたいなと思っていて。よく言われる“便利屋”っていうポジションをただあてがわれるのではなくて、それを一つの仕事として思ってもらえるようにしていきたい。“便利屋”とか“何でも屋”って、すごく特別なポジションだと思ってるんです。1イニングを任されることもあるし、回の途中から出ていくこともあるし、勝ちの場面、負けの場面でも投げられる。実際、勝っている状況と負けている状況では、バッターの対応も、求められる投球内容、投球スタイルも大きく変わるので、それをこなすことは難しい。自分としてはそこに価値を見いだしているので、そういうポジションを任されていることがすごくうれしいですね」

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「今年はバッターを見ていない」

 先発やセットアッパー、クローザーに比べれば、“便利屋”は地味な役回りと言えるかもしれない。でもそれが、砂田の性に合っている。

「いろんな状況で投げて、チームに貢献するのが幸せ。いい成績を残すと、ファンの方たちからは『もっといいところで使ってあげて』と言っていただけることもありますけど、エスコバーとヤスアキさん、三嶋(一輝)さんがいれば、そこに割り込んで入っていく必要もないので。それこそ柴田さんみたいに、チームを陰ながら支える立場を担っていければいいなと思っています

 開幕から3カ月半、83試合のうち37試合に登板した。シーズン63試合ペースの稼働率を誇りながら、パフォーマンスは安定している。被打率は.134、イニングあたりの走者の数を表すWHIPは0.71。「いかにランナーを出さないか、ヒットを打たれないかを意識している」と語るとおりの好成績だ。

 その要因を、砂田はこう説明する。

ちょっと失礼な言い方になってしまうかもしれませんけど、今年はあまりバッターを見ていないんです。特定のバッターと勝負するというより、こういう打ち方をする人と勝負しているっていうイメージで捉えてやっているから、あとになって『誰と対戦したんだっけ』と思うこともあるぐらい。このボールを投げたらどういう結果になるか、 何パターンか頭の中に入れて、自分なりにすごく配球を考えながら投げています。これまではキャッチャーのサインに首を振ることは少なかったけど、今年は首を振ってでも自分の意思を伝えることが多くなりました。投げ終わったあと、 キャッチャーの方と話していて『あれはどういう狙いだったの?』『そういう考え方はなかったわ、ありがとう』と言われたりして、自分の意思が伝わるようにもなってきた。そこはすごく、自分でも成長しているなって感じますね」

 打者が誰であろうと、自分が投げられるボールは変わらない。ならば自分自身の投球にフォーカスしよう。そうした考え方を貫くことで迷いは消え、結果もついてきた。

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運命的な転機を経て。

 育成選手として入団し、2年目の2015年に支配下登録された。当初は先発として起用されたが、勝ち星は伸びず、一軍に長く留まることができなかった。

 2016年8月4日、イースタン・リーグのジャイアンツ戦。7回7失点(自責5)で負け投手となった砂田の心に変化が起きる。

 それまでは先発投手として生きるために成長の道筋を模索していたが、この敗戦のあとからは、役割にこだわらず「ファームで燻りたくはない。とにかく一軍で投げたい」と考えるようになったのだ。

 運命とは不思議なもの。その数日後、砂田の電話が鳴った。「明日から一軍だぞ」。そう聞いたときの心境を明かす。

「つい何日か前に先発で7失点したばかりだったので、『え?』という感じでした。すると『リリーフだ』って言われて。ちょうど自分がリリーフでもいいから上がりたいと思っていたタイミングでそれが来たので、『(しぶしぶ)わかりました』という感じじゃなくて、『一軍で結果を残すチャンスだ。よっしゃ!』という気持ちでいけた。ほんとに転機というか、すごくいい形でリリーフになれたと思います」

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 今年で8年目、まもなく26歳になるという若さだ。“便利屋”に新しい価値を加える救援投手として、これからも歩み続けていきたいという。

「まず今シーズンは、これまでと変わらず、できるだけ多くの試合に投げて、チームに流れを持ってこられるような投球をしていきたい。ヒーローにはならなくていいので。陰のヒーローとして優勝に貢献できたらいいなと思っています。長い目で見れば、何か大きな記録を残すことで記憶に残るのではなく、一人の選手としてファンの皆さんの記憶に残る、歴史に残るような野球人生にしたいですね。それこそ三浦(大輔)監督みたいに、ベイスターズファンだから三浦さんを知っている、ではなくて、野球ファン誰もが知っているような偉大な選手になりたい」

 一度一度の登板は、短い時間で過ぎ去るかもしれない。だが、何試合も、何年もそれを続けるうち、マウンドに立つ47番の背中は忘れられないものになっていくだろう。