コラム

終わりなきアップデート
――宮﨑敏郎、「納得」を求めて

2021/06/21

 踊り場から、前を見上げる。昇るべき階段は、イニングを重ねるごとに増えた。勝利が待つ階上は、遠のくばかりだった。

 交流戦を終え、リーグ戦が再開してから最初のカードを、ベイスターズはカープと戦った。五輪の会場として使用される横浜スタジアムを離れ、東京ドームを仮のホームとした。

 6月19日、初戦を落として臨んだカード2戦目。序盤こそ競り合ったものの、3回途中、先発のM.ピープルズが腰を痛めて急きょ降板して以降は一方的に攻め込まれた。5、6、7、8回と1点ずつ、9回には3点を失った。最後の攻撃を迎えたときのスコアは4-12。8点もの大差がついていた。

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“やるか、やられるか”の世界。

 1アウト後、柴田竜拓が一塁手の失策によって出塁したことが進撃の起点になる。四球、内野安打で満塁。佐野恵太はレフトフライに倒れて2アウトとなったが、T.オースティンが四球を選んで、押し出しにより1点を返す。

 だが、なお7点差だ。同点あるいは逆転との距離は、容易に信じられるほど近くはなかった。

 ここで5番の宮﨑敏郎に打順が巡る。前日の試合の同じく9回裏の攻撃、本塁打が出れば同点の場面で打席に立った。しかし、結果は併殺打。最後の打者になった。

 宮﨑の脳裏に前夜の光景のフラッシュバックは起きていない。そんなもの、プロ野球選手の日常だからだ。

「“やるか、やられるか”の世界。昨日やられたら、今日やり返す。今日やったら、明日やられるかもしれない。そういう気持ちでは常にいます。その繰り返し」

 むしろ心を占めていたのは、仲間との一体感だった。

「(四球でつないだ)オースティンもそうですけど、その前の前の前からみんなでつないでくれた。ぼくも“線”になって、後ろにつなごう」

 まだまだ離れていた点差と、つなぎの意識が、過剰な気負いや力みを消した。

 2球目、甘い直球をひと振りで仕留める。打球は無人の左中間スタンドの客席を打ち鳴らした。

 宮﨑の満塁ホームランで3点差に詰め寄ったベイスターズは、さらに攻めた。3連打で2点を返し、ついに1点差――。

 だが、その最後の一段を、上りきれなかった。

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「自分にプレッシャーをかけすぎた」

 今シーズンも、宮﨑は打線の中核の一角を担う。ここまでの68試合すべてに先発出場。打率.295(リーグ5位)、76安打(同3位)と、ヒットメーカーぶりは健在だ。

 とはいえ、苦戦の足跡は数字に表れている。たとえば得点圏打率。シーズンで均すと.288だが、4月は2割ちょうど。これに限らず、春先の打撃はやや低調だった。

 当時の自身の状況を思い返しながら、宮﨑は言葉を絞りだす。

「やっぱり外国人選手もまだ来ていなかったなかで、自分がやってやらなきゃって思いが強すぎたのかな、と。自分がやらなきゃって思いで自分を追い込んでしまったというか、自分にプレッシャーをかけすぎた。そういうところはあったのかなと思いますね」

 打撃感覚の微調整と悪戦苦闘している時期とも重なった。

 宮﨑の常日ごろの最大の関心事は、日ごとに変わる自らの体だ。そのコンディションに応じた最適なバッティングをいつも模索している。今年の春の状態については、こんなふうに振り返った。

「どれがベストかっていうのを探り探りいってる間に通り過ぎちゃった、みたいな感じですね。普通にいっても結果がよくなくて、自分で工夫してもよくなくて、というのが続いたので。難しい感じに捉えちゃったのかなって」

 今年のシーズンに臨むにあたって、宮﨑は「確率をもう少し上げられれば」と一つの試みをしていた。球界で名を残す右の好打者たちを参考に、軸足となる右足の使い方に改良を加えてみようと考えていた。キャンプで練習を重ね、開幕後もしばらく試した。

「いいときも、悪いときもありました。けど、ちょっと安定性に欠けている部分があった。いまはあまり意識してないです」

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転換点は、交流戦。

 経験に基づく“引き出し”の開け閉めを繰り返した春先、もう一つ、気がかりなデータが出ていた。三振の多さだ。

 3・4月の三振率(三振数÷打席数)は11.9%。レギュラーの座を得て以降の4シーズン(2017~2020)では7.6%、今シーズンの5・6月は5.2%だった。20%超えの選手もざらにいるため他の打者に比べてかなり率が低いことに変わりはないが、宮﨑の平均的な水準に照らすと三振が増えていた。

 だが、そんな数字について問われた本人はどこ吹く風といった表情で話す。

「三振に関しては、いままで一切気にしたことはないです。少ないとは言われますけど……。三振が増えたからどうかと言われても、あんまり意識はしてないかな」

 5月の頭、四球を挟みつつ10打数ノーヒットが続いたことで、同4日の打率は.264まで落ちた。これが、今シーズンここまでの「底」に当たる。

 それから1カ月半が経過したいま、打率は3割目前まで持ち直した。当人の感覚としてのV字の転換点は、5月25日からの交流戦だったという。

「対戦相手も普段とは違いますし、知らない投手と対戦することで、逆に開き直って思いきりいけた。セ・リーグのバッターとして、パ・リーグのピッチャーのスピードボールに負けられないという思いもありました」

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 交流戦のチーム打率は、12球団トップの.297に達した。外国人選手も含めて打線全体が好調だったことで、一人の打者にかかる精神的な負荷は減った。と同時に、宮﨑が続けてきた試行錯誤も実を結び始めた。

 現状について、小さくうなずきながら言う。

「満点をあげられるわけではないですけど、自分がイメージしているとおりにできるようになってきた。最初のころに比べると、納得いく打席、スイングが少しずつ増えてきたかなとは思います」

 月別打率は、3・4月が.284、5月が.293、6月が.317。なだらかな上昇曲線が物語るとおり、探り、適応しながら、着実に成績を上げてきている。

 入団から9年目の32歳は言った。

「大事なのは、常に同じであることじゃないですか。メンタル的にも、技術的にも。崩されれば戻す時間が必要だし、いいときがあれば、それを続けるにはどうすればいいかを考えながら試行錯誤していくという作業。そうやって毎日毎日、同じように過ごしていくことで、いまの状態があるのかなと思います」

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逃げ場のない、過酷な日常。

「常に同じ」とは、「変わらない」という意味ではない。「変わり続ける」姿勢が「常に同じ」ということだ。

 まず「太い芯としての宮﨑敏郎」が存在する。自身や周囲の細かな変化を敏感に感じ取りながら、身体感覚にほんの小さな修正を加える。そうして最高のパフォーマンスが出せる「その日の宮﨑敏郎」を日々つくりだす――。

 それは極めて繊細であり、かつ地味な作業だ。独特な打法ゆえ、ほとんどの場合、課題の発見と解決を自己完結させねばならず、孤独でもあるだろう。その一方で、試合の勝ち負けや打撃に関わるさまざまな数字、評価に追い立てられるのも宿命だ。

 それでも例年なら、気晴らしの機会は持てた。だが、昨年に続いて今年もまた、選手たちは自由な外出を制限されている。

 質問に笑顔を交えて答えながらも、宮﨑の表情にはどこか晴れない、重たげな雰囲気もかすかに漂っていた。

――今年いちばん刺激を受けたことは? 大きな影響を与えてくれた人物や出来事はありませんか?

 そう尋ねられ、困ったように「ないですね……」と答えた宮﨑は、続けてこう吐露した。

「日本全国の皆さんも同じだとは思うんですけど、いろんな制限があるなかで生活していて……だから、いつもつらいですよ。外に出て、友だちと会話するっていう元の日常に戻りたい。本当に外に出てないです。楽しいこともないから、なかなか(いいエピソードを)言うこともできないんです」

 重圧にさらされ、逃げ場もない。過酷な日常が長く続くが、1カ月ほど先には、しばし心と体の緊張を和らげられる時間が待っている。五輪開催に伴うペナントレースの中断は、7月19日からの25日間。先日発表された東京五輪「侍ジャパン」内定選手に選ばれなかった宮﨑は、言う。

「その期間は、練習をやりながらも、疲労が溜まっていない状態の体に戻したいなと考えています。オリンピックは……どっちかというと見たい側です。野球はもちろん、野球以外のスポーツを見るのも好きなので。どういうプレッシャーの中でやってるのかな、とか思いながら見てますね」

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 ひとときのリフレッシュ期間があるとはいえ、シーズンはまだ半分以上が残っている。チームとして、個人としての意気込みを静かに語る。

「優勝の可能性がゼロになったわけじゃない。1つでも上の順位を目指してやっていくだけです。個人としては、後悔のない日だったり、練習だったり、打席だったりを毎日積み重ねて。それが結果に出れば、なおいいですし。しっかり一年を通して、自分が納得できる毎日を送りたいなと思っています」

 求めるものは「納得」というところが、宮﨑らしい。

 ゴールラインをまたぐまで、自らの肉体と対話し、打撃をアップデートする日々は続く。