コラム

冷静な闘志を燃やして
――2番・キャッチャー、伊藤光

2021/05/31

 19歳の左腕が、悔しげに目を閉じた。

 5月26日、2年ぶりとなる日本生命セ・パ交流戦の開幕カードの第2戦。本拠地・横浜スタジアムにバファローズを迎え入れたベイスターズは、序盤から失点を重ねていた。

 バファローズの先発は、高卒2年目の宮城大弥。パ・リーグでトップの防御率を誇り、この日も快投を披露していた。

 6回裏に入った時点で、10点差。宮城の投球数はまだ69球だ。状況を考えれば、あるいはプロ初完投まで視野に入っていたかもしれなかった。

 そこに立ちはだかったのが伊藤光だった。

 わずか2球で追い込まれたが、粘りに粘る。誘い球を投じられても我慢して、ゾーン内に来たボールはことごとくファウルにした。若い投手の心と体力の余裕を1球ごとに削っていく。15球目、ひざ元の直球を見切った伊藤は悠然と歩きだし、宮城は天を仰いだ。

 四球を文字どおりもぎ取った伊藤は言う。

「試合は劣勢でしたけど、あきらめたくないって気持ちと。自分の打席は全力でやるって決めてて、ムダにしたくないという気持ちもありました。 (継投の目安になる)100球に近づかせて、宮城をなんとか早く引きずりおろしたかった。翌日も対戦がある。1人で投げきらせたくない、中継ぎ陣を使わせてやろうって」

 後続打者の連打もあって、この回、伊藤は本塁生還を果たす。宮城はさらなる追加点を許さなかったものの、球数は110球に達し、7回以降のマウンドをブルペン陣に託さざるを得なかった。

「6回で交代させられたし、そのあとに点を取ることもできた。いい仕事ができたかな、とは思います」

 大敗の中でも自らに課せられた役割をひとつ果たせたことを、伊藤はポジティブに受け止めていた。

special

すべてがリセットされた瞬間。

 移籍3年目の昨シーズンは、試練の時間になった。

 スタメンで臨んだ7月18日のジャイアンツ戦、3回の守備からベンチに退いた。翌19日に登録抹消。一軍返り咲きを期して再び走り出した矢先、同28日のファームの試合で負傷した。左ふくらはぎの肉離れだった。

 シーズン終盤に復帰したものの、出場30試合(先発20試合)に留まった。だから当然、2021年への意気込みは強かった。

 しかし、オープン戦の期間中だった3月16日、ファームに合流した。開幕を目前にしての一軍離脱。気持ちが折れかけた。

「そのときの自分の存在が、開幕するにあたって必要ないんだなって思われるような形だったことに対して、すごく悔しかった。開幕をファームで迎えるという話を聞いたときは、『今年はやってやる』という自分の気持ちと現実のギャップが強すぎて、一回、何も考えたくない状態になりました」

 2日後には、またも試合中に負傷した。細かい箇所は異なるが、同じ左ふくらはぎの肉離れだ。20歳で椎間板ヘルニアの手術を受けて以来、常に不安を抱えてきた左足の異常は、なんとか前向きになろうとしていた心を打ちのめした。

「もう一回、自分のやるべきことを整理してやっていこうというなかで、攻守において形が見えつつあったところでした。あの日は三浦(大輔)監督が球場に視察に来られていて、自分は代打でしっかり結果を出したはずだった……のに、その走塁のときに肉離れを起こしてしまった。不甲斐なさというか、情けなさというのがいちばんに来ました。ほんと『何してんだろ』って……」

 ファーム降格と故障のダブルパンチは痛かったが、逆境が半端でなかったからこそ切り替えられた。伊藤は言う。

「(肉離れが起きたとき)一回、すべてがリセットされた瞬間でもあった」

 自身の体をあらためて見つめ直しながらリハビリに勤しんだ。一軍の試合をテレビで見ては、応援の念を送りながら「自分もそこに加わって、なんとか流れを変えたい」と復帰への意欲を高めた。

 苦難が続き、表舞台が遠かった日々。その間に何が変わったかと問われた伊藤は言った。

「開幕一軍にいられなかった悔しさが強かった。その気持ちを持って過ごしてきたぶん、いまは勝ちに飢えていたり、結果を出すことに対しての執念だったりは、みんなが持っている以上に強いものを持っている、と自分でも思います。 そういう意味では、強くなっているかもしれない」

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2番打者として。

 故障からちょうど2カ月が経った5月18日、今シーズン初めて一軍に昇格した。待ち受けていた三浦監督は、言葉に力を込めて「頼むぞ」と声をかけた。

 同日のドラゴンズ戦に途中出場し、第2打席で第1号のソロ本塁打を放つ。この一打で、勢いよく新たなスタートを切った。

 次戦以降、ここまで9試合連続で伊藤はスタメンマスクをかぶっている。

「チーム状況を変えられるような姿を見せたい」

 胸に秘めてきた思いを存分に体現した。攻守両面の堅実さはチームにも安定感をもたらし、初スタメンの21日、スワローズに勝って連敗は「5」でストップ。以後4勝4敗1分の5割で推移している。

 25日からは、交流戦が始まった。プロ入りから10年以上バファローズに在籍していた伊藤の経験や知識に寄せられる期待はおのずと大きくなる。

  ただ、本人の認識はやや異なる。リーグの境を越えて年月は経った。パ・リーグの各チームは、旧知の敵というより、もはや未知の敵だ。

「ぼくとしては、交流戦は“短期決戦”として捉えています。3連戦で終わり。それが合計18試合ある。もちろん全部勝つためにやりますけど、カードごとに勝ち越したいという気持ちです。だから楽しむとかっていうよりも、短期決戦ならではのやりがいを感じるところはある」

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 交流戦の開幕と同時に、伊藤の起用法に変化があった。それまでの下位打線ではなく、2番打者としてオーダーに名を連ねるようになったのだ。

「(交流戦が始まった25日)練習前にハマスタの通路で三浦監督に会ったんです。そのとき、こっそり『今日2番やけど、頼んだぞ』と(笑)。『え、そうなんだ……』というのが最初の印象ですね」

 2番打者として公式戦に出場した経験は、8年前に1試合あるだけだ。そんな記憶を掘り返しつつ、同じくキャッチャーでありながら2番打者として起用されているスワローズの中村悠平の姿を思い浮かべた。ベイスターズで裏方のスタッフを務める中村の弟、辰哉から「兄貴といっしょですね」と声をかけられたりもした。

 だが、打順が変わるからといって、伊藤は何かを変えようとはしなかった。

「キャッチャーが2番に入るということでちょっと注目されていますけど、普段打っている7番や8番と、2番の役割ってそんなに変わらないと思ってるんです。ないとは思いますけど、ぼくが仮に4番に入ることになっても、それで長打力が増すわけじゃないし、やることは同じ。塁に出ること、次につなぐことっていうのは変わらない」

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実戦を通して肌で感じた材料。

 今シーズンの伊藤は、2番に入る前から、とにかく打席で粘っている。記事冒頭のバファローズ戦、15球を投げさせて四球を選んだ場面が象徴的だ。1打席あたりの投球数は4.76と、かなり高い水準の数字を残しており、打率.258に対して出塁率は.378に達する。つなぐ姿勢が鮮明だ。

 伊藤は「ほんとは打ちたいです」と前置きをしたうえで、言う。

「打席で粘って、打てなかったとしてもピッチャーにダメージを与えるという意識はもともとあります。今年はそれが思いどおりにできている打席もある。そうやってフォアボールを取れるのも自分の技術の一つなのかな、と年々思うようになってきているところもありますね」

 攻撃では打線のつなぎ役として機能する一方、守りの要としても奮闘している。

 6戦を終えた交流戦の中で印象に残る場面の一つが、28日のイーグルス戦、2点リードで迎えた最終回だ。クローザーの三嶋一輝が1点を返され、なお2アウト一三塁。一打同点、長打を浴びればサヨナラ負けのピンチだった。

 打席にB.ディクソンを迎えたところで三浦監督自らがマウンドに行き、「お前しかいない」と激励した。

 緊迫の場面を振り返り、伊藤はさらりと言った。

「ぼくは結構、冷静でした。『打たれたらどうしよう』という考えはなかったし、いい意味で開き直っていました。ホームランさえ打たれなければ同点で終わるわ、ぐらいの感じ。勝って終わりたいというのが大前提ですけど、そればかり考えすぎると勝負手に焦りが出るという気持ちもあった」

 平静を保てていたから、視界も思考もクリアだった。新外国人のディクソンはまさしく未知の敵。だが、この日3度の対戦を重ねて得たものがあった。

「同じ球種を続けると、いい対応をしてくる」

 事前のデータにはなかったが、実戦を通して肌で感じた材料だった。土壇場の勝負に、それが生きた。

 指揮官直々の声かけに奮起した三嶋は、初球、要求どおりにアウトコースへスライダーを投げ込み、空振りを奪う。伊藤がサインを出す。同じところへ、今度はストレート。コースいっぱいの球をディクソンは見逃した。

  捕手の確信は深まる。「やっぱり、同じ球種を待つんだな」。

 それならばと、次はスライダーに戻した。それまでの2球と同じく、外角へ。
三嶋の手を離れた白球はゾーンを外れたが、追い込まれていたディクソンのバットは止まらない。

 空振り、3球三振で、ゲームセット――。緊張の糸がほどけたグラウンドに、ベイスターズナインの笑顔が弾けた。

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14年目で達した境地。

「ぼくが冷静じゃなかったら、初球を空振りしたあと『合ってないから(スライダーを)もういっちょ続けよう』と思ってしまったかもしれない」

 そう回顧するワンシーンが、伊藤の現在の心境をよく表している。なんとしてでも結果を出したい。でも、「その気持ちが邪魔をすることも必ずある」。32歳は言った。

「冷静に状況判断をして、勝つための策を練る、実行する。それが結果に現れたときに、『やってやる』という気持ちが初めて反映される。しっかりと考えて結果を出すという方向に熱を持っていきたいなって、年を重ねてきてすごく思うんです」

 がむしゃらさが裏目に出る経験もした。どれだけ必死に、丁寧にプロセスを踏んだとしても、結果が悪ければ評価されない現実も知っている。そんな世界でどう生きるのか、悩み、考え続けてきた。

 情熱を、冷静な闘志の燃料とする――。それは、プロ14年目の伊藤が達した境地と言えるのかもしれない。

 今シーズンのチームの戦いに向けても、虎視眈々と先を見つめる。

「ぼくらが勝ち進んで、下から這い上がっていけば、上のチームは絶対に焦る。そういうことを思い描きながら、勝ち上がっていきたいですね。ベイスターズファン以外のプロ野球ファンの方が『もうベイスターズは自力優勝なくなったよね』って思っているこの状況を、最後の9月、10月あたりには『ベイスターズ、Aクラスに入って、優勝争いまでしてるよ』って思わせられるような。 まだまだそういう位置だと思うし、ぼくはそういうチームにならなきゃいけないと思ってます。あきらめたら、応援してくれるファンの方に失礼。戦う姿勢をそういう結果につなげていけるように、自分もその一員としてやっていきたいなと思っています」

 ゲーム差をいっきに詰めるチャンスでもある交流戦が続く。胸に熱を満たした背番号29が、マスクの奥で冷徹な目を光らせる。