コラム

痛恨の敗戦を糧に
――上茶谷大河、勝負を分けた1イニング

2021/04/19

 試合開始直後から降り始めた雨が、勢いを増していた。
 初回に1点を取り合ったきり、どちらのチームにも追加点は入らない。4月17日、土曜日のジャイアンツ戦。グラウンド整備を挟んだ6回表に、重要な局面が訪れた。

 ジャイアンツの一員となった梶谷隆幸が横浜スタジアムの右翼フェンス上部を直撃する二塁打を放ち、1アウト二三塁。ベイスターズベンチから木塚敦志投手コーチが姿を現し、マウンドに駆け寄る。「落ち着いていこう!」。その言葉に、先発の上茶谷大河はうなずいた。

「あの場面、1点勝負。1点も取られちゃいけないというのは、わかっていたので」
 打席に向かっていた岡本和真に対し、ベンチは申告敬遠を選択した。満塁で、亀井善行との勝負だ。

 ストレート主体の配球で押し込み、追い込んだ。外角ボール球の要求に反してストライクゾーンに入った6球目を、亀井は見逃す。気迫で三振をもぎ取り、2アウト。この試合最大のピンチを脱け出すところまで、一歩、近づいた――。

「どんどん感情を出していこう」

 今シーズン3度目の先発登板に、上茶谷の心は奮い立っていた。チームは長い連敗のさなかにあり、自身にもまだ勝ち星はついていない。加えて、登板前日の試合では投手陣がジャイアンツ打線に19安打を許していた。

「すべてを変えられるような登板にしてやろうという気持ちでいっぱいでした。鼓舞するというか、アウトを取ったときに吠えたりすることで雰囲気が変わってくるかなと。どんどん感情を出していこうと思いました」

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 ところが、思いとは裏腹に、立ち上がりにつかまった。初回先頭からの3連打で早々に失点した。

 この試合、嶺井博希が捕手を務めたが、上茶谷と嶺井が公式戦で先発バッテリーを組んだのは、2019年の3度だけだった。ブランクの長さやコンビ経験の少なさに見合った準備ができていたか。その自問にためらいなくうなずくことができない点に、24歳の悔いは残る。
「試合前にも(バッテリー間で)話はしたけど、結果的に見れば、そこまで深い話はできていなかった。もっとこうしておけば、という思いが生まれるシーンだった」

 失点後の1アウト一三塁のピンチは併殺で切り抜けた。打たせたのは、同期の大貫晋一に触発されて習得した新球、ツーシームだった。
 7回1失点と好投した4月10日のタイガース戦、そしてジャイアンツ戦でも一定の割合で投げ、手ごたえを感じていると話す。
「中継や一球速報では別の球種になっていることが多いみたいですけど、1試合に10球以上は使ってますね。軸としていたカットボールやまっすぐにツーシームが入ったことで、ゾーン内を幅広く使えるようになった感じはしています。バッターに神経を使わせることができているんじゃないかなって」

 タイガース戦では、ナックルボールのような球も見せた。上茶谷は言う。
「アームアングルを横にしたら、カーブがなかなか決まらなくなって。それで緩急を使うための、緩いボールの一つとして投げました。だから、ぼくとしてはチェンジアップの感覚。もともとカーブも多投する球種ではなかったし、バッターの意表をつくというか、目線を上げさせて『おっ』と思わせられるようなボールになれば、それだけで意味はあるのかなと」

踏み込んだ左足のスパイクが……。

 2回、1アウト一二塁とされながら再び併殺でしのぐと、右腕の投球はリズムに乗る。3回、4回、5回と三者凡退のイニングを連ねた。打者を打ち取っては熱のこもった言葉を口から吐き出し、試合前に思い描いていた姿を体現した。
「普段は気持ちをあまり出さないようにしているけど、大げさなぐらい出しました。チームの士気を上げたかった」

 ジャイアンツの先発、戸郷翔征も好投を続けていた。ベイスターズは初回に飛び出した牧秀悟のソロ本塁打で同点に追いついたが、追い越せない。緊迫の試合展開と、今日こそ勝って流れを変えたいという念が絡み合い、イニングを重ねるごとに上茶谷の攻めの姿勢は強まっていった。

 6回、1アウト満塁のピンチを迎えて、熱量はさらに増す。このとき、気づかぬうちに、リミッターは外れていたのかもしれない。
 亀井から見逃し三振を奪った一球を、上茶谷はこう振り返る。
「結果は三振だったからよかったけど、あの球をもし打たれていたら、めちゃくちゃ後悔しただろうなって……。気持ち、闘争心が前に行き過ぎて、力任せのピッチングになっていたので」

 ともあれ2アウトとなり、次打者は大城卓三。投手の心は熱くなりながら、冷静さも保ててはいた。
 カウント2ボール。次の一球、どこに何を投げるか。思考を回転させた。
「(ゴロを)打たせたい気持ちがあった一方で、『3ボールになったらどうしよう』と。その両方の思いがありました。バッターはゾーンを上げて、球種を絞って、しっかり振ってくるんじゃないか。そう考えて、ツーシームでストライクを――」

 しかし、踏み込んだ左足が、ぬかるんだ土を「噛めなかった」。リリースの前から制御は失われた。投球は捕手のはるか手前でバウンドし、後方に転がった。この暴投の間に、いっきに2者の生還を許した。

 絶対に1点をやるまいと燃えていた。この危機を乗り切りさえすれば、勝ちの可能性をぐっと手繰り寄せられた。だからこそ、予想だにしない形で2点を失い、「気持ちが切れてしまったところはあった」。

 結局、大城を四球で歩かせると、続く香月一也への初球を振り抜かれ、右翼席に運ばれた。さらに吉川尚輝の打球も右中間スタンドへ。先刻までの均衡が嘘だったかのように、瞬く間にジャイアンツに得点がなだれこんだ。

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「何で気持ちを強く持てなかったんだろう」

 ベンチに腰を下ろした上茶谷は、下を向き、額にタオルを当てたまましばらく動かなかった。
「あの(暴投による)2点も痛かったけど、そのあと……。何で気持ちを強く持てなかったんだろうって……。試合に懸ける思いがあったので、結構、きましたね」

 試合は2-7で敗れた。降板後、ベンチから味方に声援を送っていた上茶谷は、選手たちが引き上げたグラウンドに視線を向け続けていた。

 変えようとしたけれど、変えられなかった。負のうねりを受け止め、押しとどめることができなかった。

 そんな現実を前にして、さまざまな思いが胸を駆けめぐった。
「今永(昇太)さんがいないから、このような結果になってしまったと、そんなふうに周りからも絶対に思われてるし、なんとか変えたいと思っていたんですけど……。自分の力不足をあらためて感じました」

 ゲームのあと、嶺井と長く話をした。木塚コーチとも対話の時間を持った。一夜明けて、18日の練習中には三浦大輔監督と言葉を交わした。

 上茶谷が入団した2019年、三浦監督は一軍の投手コーチだった。当初から教え諭されてきたのは、自らを客観視することの重要性だ。三浦監督は、感情が表に出やすく、それがときに投球にも影響する上茶谷に、一歩引いた視点から自身を見つめるよう説き続けてきた。

 ジャイアンツ戦の6回をめぐる会話も、それがテーマになった。
 大城に対し、カウントは2ボール。あの場面で何を考えたかを三浦監督は問い、投じようとした一球の意図を上茶谷は述べた。暴投という結果になったものの、明確な答えを持てていたことに関しては「必ず次につながる」と三浦監督は言った。

 だが、課題はやはりそのあとだ。味方の攻撃は残り4イニングあった。2点差で踏ん張ることができていたなら、その後の展開は大きく異なっていたはずだ。
「コーチは(1度タイムを使っていたので)もうマウンドに行けなかった。ああいう場面で、自分で間を置くということができれば、落ち着いて次のバッターと勝負できるよな」
 三浦監督の言葉は、じわりと沁みた。嶺井や木塚コーチと率直に意見を交わせたことも含め「次につながることだったと思います」と、上茶谷は清々しく言った。

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 連敗が「8」に伸びた17日の試合後。佐野恵太主将が呼びかけて、チームはミーティングを開いた。
 誰もが、現状を変えたいと願っている。ただ、それがいまは、形になっていない。だから――。

 上茶谷が明かす。

「いまの状況を変えるために、何をやるのか。一人ひとりが宣言するというか、明確にして、みんなで共有しようということになりました。ぼくも賛成です。自分で決めたことをどう実際の行動に移していくか。そういう姿勢を見せていかないといけないと思っています」

 18日、ジャイアンツに2点をリードされる厳しい展開のゲームを引き分けに持ち込んだ。

 野球における“流れ”は、字のごとく、河川の水流に似ている。その方向を変えるには、まして逆流させるには、とてつもなく大きなエネルギーが要る。堰き止めたはずが、わずかなスキから決壊したりもする。

 8つ負けが続いたあとの1つの引き分けは、反転の予兆といえないだろうか。
 押し寄せる波に、全員の力で抗い、覆すしかない。

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