NEXT STAR PLAYER #2

シンデレラストーリーは突然に
ーー百瀬大騎、急成長の軌跡

2020/4

 無欲の一打だった。

 2月12日、読谷平和の森球場。ドラゴンズとのファーム練習試合に出場していた百瀬大騎は、3回表の第2打席、福谷浩司の直球を完璧に捉え、センター右に本塁打を放った。

 A.ラミレス監督が視察に訪れていることを知ったのは、「3打席目か4打席目にネクストで待っているとき」。知らぬ間に、最高のアピールができていた。

 百瀬は2015年、松本第一高からドラフト6位でベイスターズに入団した。軽快な内野守備と走塁を持ち味としながらも、一軍の舞台は遠かった。打撃に課題があったからだ。

(打席で)いろいろ考えてしまう悪いクセがあって。フォームを気にし過ぎて、タイミングがいつも遅れる。ずっと修正しようとしてきたんですけど、なかなか」

next-star-player

 昨年の梅雨ごろも、百瀬は悩んでいた。

 ライオンズとのファームゲームのため所沢を訪れていた日のこと。雨が降り、室内練習場でカーブマシン相手にバットを振った。だが、当たらない。そんな自分に腹が立った。

「ああ、もう!」

 そのとき、右ひざを内に入れる構えを試した。うまくいく根拠などなく、ふとした思いつきから出たものだったが、これを機に、ずれていた歯車が噛み合い始める。

「始動を早くする、そのタイミングの取り方が体でわかったような感じがしたんです。それから、フォームもだいぶ固まってきた」

 立ちはだかっていた壁を乗り越えた途端に打ち始めた百瀬は、7月30日に初めて一軍に昇格し、翌31日には代打で一軍初打席も経験した。

next-star-player

 チャンスの場面で空振り三振。一軍に長く留まることはできなかったが、「行ったことがなかった場所」は「また行きたい場所」に変わった。

 5年目にようやく刻んだ1打席は、大きな一歩だった。

 オフの自主トレは、普段から親しくしている乙坂智と組んだ。「アメリカに行こう」という乙坂の提案を、かねてから英語に興味を持っていた百瀬が快諾。2人はアリゾナに飛び、トレーニング施設として名高い「EXOS」に1週間ほど通った。

 百瀬は、初めて訪れたアメリカの地で「人間がいちばん力を出しやすいポジションでの投げ方や打ち方に取り組んだ」と話す。

 成果が表れたのが、ファームの一員としてスタートを切った春季キャンプの12日目。あのドラゴンズ戦でのホームランだった。

「真ん中あたりのまっすぐ。球速は147kmだったと聞きました。タイミングが遅れるという課題を克服できていなければ、差し込まれていたと思います。それに、自分の力が出せる範囲でボールを捉えることができたのも、自主トレから取り組んできたものが出せたのかな、と」

 百瀬は「あんな打球が行くとは思っていなくて、自分でもちょっとびっくり」と振り返るが、驚いたのは指揮官も同じだった。「彼のホームランを生まれて初めて見た」とコメントしたラミレス監督は、翌13日の一軍の練習試合に百瀬を参加させることにした。

next-star-player

 その試合に途中出場した百瀬は結果を残せなかったが、以降も一軍キャンプに身を置いた。昨シーズンはわずか2日限りの“体験”だったが、今年のキャンプではおよそ2週間にもわたって、一軍の空気を吸い続けた。

「一人ひとりが試合に入っていく雰囲気、緊張感が全然違いました。『これが野球を仕事にするってことか』と、あらためて感じました」

 全体練習や試合が始まる何時間も前から、それぞれが自分の課題に沿った練習を始めている。一日や二日だけではない。毎日、同じことを地道に続けている。その環境は、おのずと百瀬の意識を変化させていく。

 キャンプ前は、「ファームで打率3割」をシーズンの目標に掲げていた。だが、キャンプを経て、「一軍でシーズンを戦い抜くこと」が新たな目標になった。

 3月のオープン戦でも出場機会を得て、「開幕一軍」という第一関門の突破は、もう目前だった。

 しかし――。

 新型コロナウイルスの感染拡大による開幕の延期。つかみかけたチャンスは逃げ水のように遠ざかった。

「正直にいえば、延期になって『ああ……』という気持ちにはなりました。でも、生命に関わることだし、こればっかりはしょうがない。いまは切り替えて練習しています」

next-star-player

 百瀬がずっと好きだったプロ野球選手は、元ジャイアンツの松本哲也だという。小柄だがスピード感とガッツあふれるプレースタイルに魅了された。中学生のとき、左打ちに転向した際には、松本の打ち方をマネしたものだ。

 松本は、もともとは育成選手だった。厳しい立場から這い上がり、チャンスをつかんだ選手だった。

 百瀬も、高卒といえど、もう6年目。誰に言われずとも危機感は強い。

 かつての松本のように一軍の主力にいっきに割って入れるか。今年の開幕は、正念場のシーズンの号砲でもある。

いざ開幕の日を迎えたときに強い輝きを放てるように。

 23歳は己に磨きをかけつつ、いつか打ち鳴らされる号砲に耳を澄ませている。