FOR REAL -in progress-

経験が新たな可能性を拓く
――石田健大が行き着いた場所

2020/11/16

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 11月14日、横浜スタジアム――。

 半月ばかり季節を巻き戻したかのような暖かい秋晴れの午後。乾いた空気に心地よく響く拍手の音に包まれて、2020年のレギュラーシーズン最終戦はプレーボールのときを迎えた。

 先発の平良拳太郎は、ジャイアンツ打線を1失点で抑えて自らの投球スタイルが確立されつつあることをあらためて示す。6回にはファームでの調整を経て一軍に復帰した山﨑康晃が登板し、2本の安打を許しながら無失点で切り抜けた。正確なスローイングによる盗塁阻止で助けたのは戸柱恭孝だった。

 7回は、7年目にして初めて一軍でシーズンを完走した平田真吾がマウンドに立つ。しかし、四球と安打で1アウト一三塁。ここで石田健大にスイッチした。

 失策とスクイズで2点を失い、差は3点に広がった。中継ぎ一本で50試合目の登板。最後は石川慎吾をセカンドゴロに打ち取って、この一年の務めを終えた。

先発として投げたい気持ちは――。

 春季キャンプの段階で、石田は先発ローテーション入りに意欲を燃やしていた。延期のすえ設定された6月19日の開幕が迫っていたときも、その気持ちに変わりはなかった。

 だが、チームは背番号14に中継ぎとしての役割を求めた。石田が明かす。

「開幕前、(練習試合で)最後に先発として投げ終わった日に、A.ラミレス監督から直接『中継ぎで投げてほしい』と言われました。それを聞いたときは、正直、戸惑う部分はありました。自分としては準備もできていたし、先発するという頭で開幕を迎えようとしていたので……。その時点ではまだ、先発でやりたいって気持ちはもちろんありました」

 いざ開幕を迎えると、ブルペンの貴重な左腕として、頼られる場面は多かった。「始まってしまえば、もう投げるしかない」。送り出されたマウンドで無心に投げた。

 石田は今シーズンの登板1試合目、6月20日のカープ戦で1点を失ったあとは、完璧に近い投球を続けた。8月21日のドラゴンズ戦で2失点を喫して敗戦投手になるまで2カ月間、自責点はゼロ。22試合に登板し終えた時点で、防御率は0.47だった。

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 成績とともに信頼度はおのずと増した。勝負を分ける重要な場面での起用が増えていくのを、石田自身が感じていた。

「7回や8回の、1点差のところで投げることもありました。試合が終わりに近づくにつれて、厳しい、緊迫した場面になっていく。ああいう緊張感はいままで感じなかったし、痺れる場面で投げるのもいいなと思えました。そういう経験ができた一年だった」

 中継ぎでの起用を告げられたときの当惑や落胆はすっかり消えていた。そればかりか、先発として投げたい気持ちさえも日に日に薄らいだ。中継ぎとしてこれだけやれるという手ごたえ、充実感が、それらを上回ろうとしていた。

 入団以来初めて先発での登板が一度もなかったシーズンを振り返り、石田は「先発としてやりたかったなという気持ちは一切ない」と言い切った。

「そういう気持ちを持っててくれよと思われちゃうかもしれないですけど……ないですね。『ここでやってくれ』と言われたところでやってる自分が自分も好きだし、先発をやりたいと思いながら投げる中継ぎがいい成績を残せるわけがないと思うし。ストレスを感じながらプレーしてる自分というのはまったくいないです」

「こういう選択肢もあるな」

 27歳の言葉には幾ばくかの自省も込められていたかもしれない。

 昨シーズン、石田はチーム事情による中継ぎ起用に応えながら、そこで結果を出すことで先発復帰への道を切り開こうとしていた。その願いは一時は叶えられたが、シーズン終盤、再び中継ぎへと回った。

 当時を回想しつつ、石田が言う。

「(中継ぎとして起用されたのは)ブルペンに左が少ないからって言われていましたけど、ぼく自身は、先発として通用していない、勝てるピッチャーではないという感覚でした。だから、本当に分岐点というか。中継ぎを経験させていただいたことですごく引き出しも増えたし、これから先、長くやっていくなかで『こういう選択肢もあるな』という考え方ができるようになった。そうさせてくれたのはラミレス監督でもありますし、いまでもすごくありがたいなと思っています」

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最初から望んでいた立場でなくとも、そこで仕事をまっとうし続けるうち、自らの中に秘められた新たな可能性を知ることができる。何ごとも一度は経験すること、いいことも悪いことも経験し蓄積することが未来の道を広げる。石田にとっての2020年は、それを学べた一年だった。

 シーズンを通しての一軍帯同は、2年目の2016年以来となる。25ホールドはもちろんキャリアハイで、リーグ3位。「想像もしていなかった」という好成績を、自らこう評価する。

「びっくりしているところはありますね。そういう場面で投げさせてもらえてたからこその数字でもあるので、ありがたい気持ちもあります。でもまだまだ、ホールド数が3位ということは上には誰かしらがいるわけで、そこを目指していかないといけない。ここで満足するということはまったくないので。上に向かっていくひとつのステップかなと思っています」

山﨑康晃に伝えたこと。

 経験の重要性は、同期入団の右腕と共有された。山﨑康晃だ。

 プロ入り直後から絶対的守護神として最終回のマウンドを守ってきた山﨑は今年、辛酸をなめ続けた。7月末にクローザーを外れ、10月上旬には6年目で初めて出場選手登録を抹消された。

 山﨑の苦悩の深さは、石田にも伝わってきていた。

「やっぱりすごくしんどそうで、練習中も暗い顔が続く日もありました。ヤスは、何をやっても調子が上がらないという経験が少ないまま、ここまでやってこれた。それ自体がすごいことなんですけど、調子が悪い時期が来たときが怖いなというのはずっと思っていたことでもあった」

 山﨑は一軍の試合に中継ぎとして登板しながら復調を目指していた。以前は最終回に合わせていちばん最後に調整を始めるのが常だったが、流動的な継投に合わせて試合中の早い段階から肩をつくるようになった。そんな山﨑に、石田は声をかけた。

「おれも今年、7回、8回を投げるようになったのは初めてだけど、こういうのもいい経験なんじゃない? いい意味での経験、悪いほうの経験、いろいろあるけど、それをしておかないと、これから先に壁にぶつかったとき、戻るための引き出しがないってことにもなるし。だから、いまこういう経験ができてよかったんじゃないかな」

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 結果が出ない日々のつらさ。ファームでの調整を余儀なくされること。それらに関しては石田は“先輩”だった。だから、山﨑が初めて一軍を離れることになったときも、自分が感じてきたことを伝えておこうと思った。

 石田は言う。

「ぼくがファームに行ったときは、(ただ周りに合わせるのではなく)一人で自分を見直して、考えながら練習する時間をつくったほうがいいと感じました。また名前を呼んでもらえると思いながら行くか、もう今年はないかもと思いながら行くかでも違ってきます。前向きに練習に取り組んでほしいなという気持ちがあったので、そういうことだけは伝えました」

9回裏2アウト満塁、打席には神里――。

 石田は登板を繰り返しながら、初めて中継ぎ専従として過ごすシーズンを乗り切るためのヒントを周囲の選手たちの姿に求めていた。

 先発として飛躍を遂げた投手たちに、自然と視線が吸い寄せられた。

「クセなのかもしれませんけど、勝手に先発のピッチャーのボールを見てしまう。平良や大貫(晋一)が今年いいピッチングをしている要因は何なのか。ぼくの答えと本人たちの答え、キャッチャー目線で感じていること、そういうのをすり合わせて『自分にはこれがないな』って考えたり」

 とりわけ、彼らが少ない球数で長いイニングを投げられるようになっていくさまに興味を引かれた。

「初回、2回に球数を使っても、終わってみれば7回100球くらいでおさめている試合が多いですよね。そうすることでクオリティースタート(6回以上、自責点3以内)、ハイクオリティースタート(7回以上、自責点2以内)に必然的につながってくる。その魅力は、ぼくにないところ。今年一年に限った話じゃなく、これから先の自分のために、そういうところは意識して見ることが多かった」

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 この言葉にも表れているとおり、石田は自分の生きる道を中継ぎに限定したわけでは決してない。スタンスはこれまでどおり、「任せられたところで全力を尽くすだけ」。先発であれ、中継ぎであれ、一切のわだかまりなくマウンドに上がる。

 シーズン最終戦――。試合の終盤は、両軍が点を取り合う展開になった。

 8回、ルーキーながら重要な戦力となった伊勢大夢が1点を失うも、復活の一歩を刻んだ砂田毅樹が後続を断つ。9回は、シーズン途中から山﨑に代わってクローザーを務めてきた三嶋一輝が無失点に抑えた。

 3-4の1点ビハインド。9回裏、ベイスターズの攻撃。

 5年間にわたり指揮を執ってきたラミレス監督のラストゲームが、終わりに近づいていた。7回にタイムリーヒットを打ったN.ソトが3球三振に倒れ、日没を迎えた秋の空気が冷たかった。

 だが、ここからが始まりだった。

 柴田竜拓と倉本寿彦がいずれも逆方向に連打を放って一二塁のチャンスをつくる。代打、嶺井博希の痛烈な打球は中堅手の好守に阻まれたものの、俊足の宮本秀明が追い込まれながら執念の内野安打で望みをつなぐ。

 2アウト満塁。打席には神里和毅。

 左腕、田口麗斗の初球を甘いと見るや恐れず打った。低いライナーが遊撃手の頭の上を通過する。追い求めてきた理想の打球は左中間の芝を2度、3度と跳ねた。ひと足先に本塁を踏んだ柴田に続き、代走の大和が笑顔で駆け込む。

 120試合、声を飲み込み続けてきたファンの思いがスタジアムにあふれていた。56勝58敗6分のリーグ4位。悔しさのほうが多いシーズンだったけれど、逆転サヨナラ勝ちの喜びを最後の最後に分かち合えた。ラミレス監督は勝利の瞬間、両手を突き上げ、満面の笑みを浮かべた。どんなときもポジティブに、前を向いて戦うことを説き続けた指揮官にふさわしい終わり方だった。

 石田は、こんなことを言っていた。

「CS、日本シリーズを経験させていただいた。そして、ぼくに中継ぎとしての新しい石田健大を見せてくれた。ぼくが先発しかしていなかったら、いまの自分は絶対にない。もしかしたら、一年間ずっとファームで調整していたなんてこともあり得ると思う。いちばんは一軍で使っていただけたこと、どういう形であれ、投げる機会をいただけたことに感謝です」

 たしかにセオリーにない采配はあった。本人の希望とは異なる起用もあっただろう。それでも、トライし、トライさせたからこそ見られた景色があった。

 すっかり陽が落ち、闇に包まれた横浜スタジアム。

 ラミレス監督は感謝の言葉を幾度も繰り返したあと、入ってきたときと同じドアを静かに開いた。

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