FOR REAL -in progress-

一歩ずつ、前へ
――倉本寿彦と柴田竜拓、それぞれの思い

2020/11/10

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 2019年、倉本寿彦はシーズンのおよそ3分の2をファームで過ごした。

 開幕は一軍。4月6日に放った初安打が決勝打となり、横浜スタジアムのお立ち台に上がった。だが、スタメン入りした3試合をノーヒットで終えるなど成績が振るわず、4月29日に出場選手登録を抹消された。

 昇格の機会は2度あったが、見せ場はつくれなかった。33打数4安打。打率.121という寂しい数字が残った。

 昨シーズンを振り返り、倉本は言う。

「苦しいというより、不安のほうが大きかった。これからどうなるんだろう。どうしていったらいいのか。そういうことをすごく考えました」

 入団2年目の2016年、3割に迫る打率をマークして遊撃手のレギュラーになった。2017年、不振の時期を乗り越えて、チーム唯一のフルイニング出場を果たした。

 ところが、2018年のスタメン出場数は55試合、2019年はわずかに5試合。

 プロ野球の世界に安泰はないといえども、倉本の立場の悪化は急角度だ。自分自身が努力して、結果を出して、返り咲く。それが唯一の道と知りながらも、気持ちのベクトルは散乱した。

「今年みたいに、(目の前の)一試合をどうするかという考え方はできなかったですね。精神的にちょっと弱いというか、幼かったというか。今年と比べたら、自分と戦ってなかったな、とは思います」

 ただ、内面の葛藤は現実を動かさない。突破口を開くのは、自分しかいない。

「チャンスは少ないって、最初からそう思っていたので。『試合に出たときにどうするか』ということだけを考えていました」

好循環の歯車が回り始めた。

 2020年の開幕からしばらくの間、たしかにチャンスは少なかった。

 6月は4打数ノーヒット。7月は、12日のタイガース戦を終えた段階で打席に立てたのは2度だけだった。結果は四球とピッチャーゴロ。依然、打率の欄にはゼロが3つ並んでいた。

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 だが舞台裏で、好転のきっかけがあった。A.ラミレス監督からの助言だ。倉本が言う。

「甲子園で監督と話をして、教えてもらって。2試合後くらいにスタメンで出たらヒットを2本打てた。そのときに『あ、いい感じだな』っていう感覚がありました」

 アドバイスを受けて取り組んだ一つ目のポイントは、ひざの使い方。「構えたときに棒立ちじゃなくて、ひざを曲げていい位置で構える」。もう一つは、立てて構えていたバットを寝かすことだ。「(スイング軌道の)ラインに入りやすくなってスムーズさが出た」という。

 7月14日、甲子園から名古屋に移動してのドラゴンズ戦で放った2安打を皮切りに、倉本はいっきに出遅れを挽回していく。

「一試合、打たなかったら次があるかないかという戦いだったので、無我夢中でやっていた」

 本人はそう振り返るが、出場機会をつかみ、そこで結果を残し、また次の出番につなげるという好循環の歯車は着実に回り始めていた。

 8月の月間打率は.310。9月上旬には5試合連続マルチ安打をマークして、シーズンの打率は.342まで跳ね上がった。

 そして9月18日のジャイアンツ戦で、昨年4月以来のヒーローインタビューを受けた。スポットライトの光に目を細めた。

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「毎日、グラウンドに立てることに喜びを感じてプレーできているので、日々、感謝を忘れず、謙虚にがんばっていきたいと思います」

 喜び。感謝。さらりと言ったが、さらりと聞き流すべきではない意味がある。

 去年までと今年とで何が変わったか。そんな問いに、倉本はこう答えるのだ。

「いままでは、『試合に出たい、出たい』『結果を出したい、結果を出したい』という捉え方だったけど、いまは試合に出られることにすごく感謝しているというか。そういうひとつのことに対しての向き合い方が以前とは変わったかなと思います」

 見えない未来を見ようとして焦燥感を募らせ、不安に苛まれていた過去。目の前の試合、自分が踏みしめているグラウンドに喜びや幸福感を見いだしている現在。健やかに変わった心象風景が、およそ1年半ぶりのお立ち台で言葉となってこぼれ落ちた。

「好調を長く続けられるように」

 今年、フィジカルもまた健やかになった。倉本は言う。

「去年、まず何が必要かと考えたときに、しっかりと体が動くこと、そこから見つめ直さないといけないと思いました。フェニックスリーグや奄美キャンプでトレーナーの方と話をして。根本的なことですけど、ストレッチをもう一度ちゃんと見つめ直した。依然は(やったりやらなかったり)バラバラだったのを、朝と晩、欠かさずやるように。小さなことですけど、それを続けていることがいいコンディションにつながっている」

 結果として、今シーズンは「体のことに自分の神経を使わなくてよかった」。かねてからあった腰の痛みもまったく気にならなかった。

 体調に問題はなかったが、9月の後半ごろから、倉本の打撃成績は下降線をたどる。打率は.277まで落ちてしまった。

 それでも、倉本の表情は沈んでいない。

「数字的には落ちているし、なんとかしたいなと思っています。しっかり準備をしてきたなかでこういう結果になっていることは今後に生かして、好調を長く続けられるようにしていきたい。ただ、やるべきことは自分の中ではわかってるので。迷ってはいないので。そこは課題として、これから取り組んでいけたら」

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 復活を印象づけた今シーズン、ここまで81試合に出場した。スタメンは51試合で、ひとまず2018年の水準に戻った。遊撃手での先発出場48試合は、チーム最多だ。

 そのことをインタビュアーの言葉で知って、29歳は言った。

「ほかの選手と比べてどうかということは気にしていないですけど、自分自身は成長できたかなと思います。来年は今年の自分を上回りたい。大きく変わるというよりも、いまできることをしっかりやって、自分のことを見つめ直して。一歩前進の日々を過ごしていきたいと思います」

“魔の8月”何が起きたか。

“デイ・バイ・デイ”ベースボールの方針のもとに選手が起用された今シーズン、二遊間の組み合わせも多様だった。

 主な選手のスタメンの数は、N.ソトが58試合(二塁手のみ・このほかに一塁手と右翼手で53試合)、大和が56試合(二塁手11試合・遊撃手45試合)、倉本が51試合(二塁手3試合・遊撃手48試合)。

 調子の良し悪しや相手投手との相性などによって選手が使い分けられたなか、柴田竜拓は二塁手として33試合、遊撃手として24試合に先発出場を果たした。三塁手として出場した2試合を加えての「59」という数字は、プロ入り5年目にして自身最多を更新するものだった。

 とはいえ、満足の域には到底達していない。

 柴田は今年、ステップアップというよりもジャンプアップを目指していた。誰が見ても違いがわかるほどの数字を残し、それを足がかりにレギュラー奪取をもくろんでいた。

「やっぱり8月ですよね」と、柴田はつぶやく。

 昨シーズン、8月に.395、9月に.355という月間打率をたたき出した。今シーズンも7月終了時点で.317と、高い打率を維持していた。

 ところが8月、月間打率が.189にまで急激に下がってしまった。

「そこでいっきにズレたというか……。たしかに7月ぐらいまでは、(調子が)よくはないけどヒットは出ていた感覚でした。それが8月は、よくない感覚で、ヒットも出なくなって。修正もできず、なかなか乗り越えられなかった」

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 端的にいって、身体のコンディションが悪かった。技術云々以前の問題だった。柴田が言う。

「思ったように体が動かせなかった。よくなるようにといろんな修正方法を考えたけど、直す力がまだなかったので調子の悪い時期が長引いてしまいました。なかなか難しかったというか、しんどかった」

 疲労や歪みの蓄積によって肉体が機能不全に陥ることは想定内だったが、その程度が想定外だった。柴田は常に準備を怠らないことを自らに課しているが、「完全に準備不足」と認めざるを得ない事態だった。

「いろんな発見、気づきがあった」

 たとえば、右足を痛めると自然と左足に重心が傾くように、ヒトの体の動きは痛みのないほう、楽なほうへと偏る。柴田はそこに目をつけた。コンディション不良をごまかそうと、体が「無意識に楽をしてしまっていた部分があった」。それを逆手に取った。

「あえて、しんどい動きをして負荷をかけるようにしました。メディシンボールを使ったトレーニングを少しやってみたり。きついことをしたあとは、動きが楽になりますよね。そうすることで動きやすさが出てきた」

 つらかった時期も、通り抜けたいま振り返ってみれば、今後に生きる財産を得られたと思える。8月だけではない。今シーズンはずっと自分の肉体と対話を重ねてきたという。

 すっきりしたような表情で柴田は言う。

「いろんな発見、気づきがあった一年だと思います。いちばんは体の動き方ですよね。『ちょっとズレてるな』というときに『ああ、そういうことか』『体の構造上そうなるよな』みたいな感じで。そうやって発見できたことは絶対、今後につながってくる」

 不調の夏を越え、いまの打率は.262に落ち着いている。こちらも昨シーズンの.256をわずかに上回るキャリアハイながら、目指すレベルには達していない。

 本人が「避けては通れない」と語る課題の一つが、外角球への対処だ。逆方向に打ち返してこそ率が上がるとわかってはいる。打席の中でもその意識はある。ただ結果的に「引っ張りのヒットが多かった」。

 昨シーズン、筒香嘉智といっしょにずっと取り組んできた逆方向へのバッティングから距離を置く「決断」をした。自分が最も強く振れる形に戻した結果が吉と出たことは昨夏以降の成績が物語っているが、ここにきてやはり、さらなる打率の上積みには逆方向をものにする必要性があると再認識することになった。

たしかな手ごたえを得た一打。

 安打を量産する背番号3、梶谷隆幸の姿が、柴田にそう訴えかけてきた。

「カジさんが今年(規定打席到達年で)初めて3割を打てているのは、逆方向へのバッティングをやってきたから。筒香さんがずっと大事だと言ってきたことを、目の前でカジさんが証明してくれた。ぼくの場合はまだ確率が低いから、いまの打率になってしまうんだと思う」

 それでも、逆方向に、求めてきた打球を放てた打席はある。

 9月3日、東京ドームでのジャイアンツ戦、9回表。桜井俊貴が投じたチェンジアップを左中間に弾き返し、二塁打とした。

「いままでにない打球でした。逆方向に取り組んできて、初めてああいう打球が打てた。今年いちばん印象に残っている打席です」

 梶谷も口にしている「スライス回転ではない打球」。逆方向でありながらもバットの芯で、柴田いわく「自分の中で」打てた。道半ばだが、確実に一歩は進めた。

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 春季キャンプで、「年間を通して試合に出ることを考えれば、いちばんチャンスがあるのは遊撃手だと思う」と語っていた。二塁手はソトが務めるケースもあり、外野手起用の影響を受けることが避けられないからだ。

 だが、結果的には柴田は二塁手として起用されることのほうが多く、「なかなかイメージどおりにはいかない」と唇を噛む。打率が1割台と低迷する左ピッチャーとの対戦についても、打席での体の角度を変えるなど試行錯誤したものの結果にはつながらなかった。まだまだ、やることは山積みだ。

 来シーズンも見据え、柴田は言う。

「シーズン中のレベルアップというのはどうしても難しいところがある。キャンプも含めて12月、1月、2月の3カ月間は、今年経験したことも踏まえて、修正していく方法を増やしていかなきゃいけない。体が動かないときにどう動かしていくのか。自分のイメージと実際の体の動きが常にマッチするように。体、頭、心。すべてが一致しなければ、高い基準でパフォーマンスし続けることは難しいと思う。とにかく、強い体をつくりたいです」

ラミレス監督との最後の2試合へ。

 今シーズンは、残すところ2試合だけだ。ラミレス監督とともに戦う最後の機会でもある。

 振り返れば、2016年3月25日、ラミレス監督の初陣となったカープとの開幕戦で決勝タイムリーを放ったのが当時ルーキーの柴田だった。あれから5シーズンをともに駆け抜けた26歳は、指揮官に何を思うのか。

「バッティングばかりを重視していると思われがちかもしれないけど、守備のほうもすごく重要視されている監督だと思います。そのおかげで、ぼくはずっと一軍に居させてもらえたと思う。常に『自分たちらしくエンジョイしていこう』と言ってくれた。選手に対してやりやすい環境をつくってくれたことは本当にありがたかったなと思います」

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 倉本にとっても、ラミレス監督との日々はさまざまな思い出に満ちている。

「最初のあの1年(2016年)がなかったら、ぼくはどうなっていたかわからない。その次の年も我慢して使っていただいた。この2年間くらいは力になれなかったですけど、その中でもいろんな勉強をさせてもらいました。2017年の前半、ずっと調子が悪かったときに『それでも変えない』と言ってくれたこと。あとは今シーズンの中盤、試合に出られるようになって結果もついてき始めたころに『這い上がってきてくれた』という言葉をかけてもらったこと。心に響いたし、自信になりました。(ラミレス監督との出会いは)野球の面でも、人間としても、すごくプラスになったのは間違いないです」

 それぞれの思いを胸に秘め、最後の2試合に臨む。