FOR REAL -in progress-

流れを変えた右腕の好投
――大貫晋一の冷静と情熱

2020/7/27

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 切り立つ山の稜線を歩くかのようだ。

 わずかの凹凸につまずき、揺らぎ、急角度の面に一歩を踏み出した途端に均衡は失われる。元の位置に戻るのは容易ではない。

 野球でよく言われる、流れ。勢い。モメンタム。

 ある方向へと容赦なく押し流す力。

 それはもはや、物理だ。

初回3失点、悔しき降板。

 勝ちと負けの行き来から連敗の斜面に転じたチームは、7月22日の引き分けでようやく踊り場に達した。そこを足がかりに登っていけるか、あるいは滑落はまだ続くのか。予断を許さない状況だった。

 翌23日のスワローズ戦。先発のマウンドを託されたのは大貫晋一だ。

 投手もまた、繊細な要因の重なりに結果が大きく左右される。技術、メンタル、フィジカル。噛み合えば球は生き、噛み合わなければ痛打を浴びる。残酷なほどに、その違いは出る。

 7月10日のタイガース戦まで時計の針を戻そう。大貫が今シーズン2試合目の先発を務めた試合だ。

 初回、先頭打者にホームランを打たれて同点に追いつかれ、さらに3本の長打を許した。3点を失ってベンチに戻った大貫は、この回限りでの交代を告げられた。

「左打者に対して新しく覚えたカットボールを使っていきたかったけど、それがうまくいかなかったし、体のキレ、コンディショニング不足も感じました。自分で自分の首を絞めているというか……一本打たれて、『次は抑えなきゃ』『次は抑えなきゃ』って、追い込まれていく感覚があった。苦しかったですね」

 1イニング30球でマウンドを降りなければならなかったことは「悔しかった」。どういうプロセスで挽回していくかということより、挽回するために次は何よりも結果が欲しいと心から望んだ。

 投手コーチの木塚敦志は、タイガース戦での大貫の投球をこう評する。

「外野の頭を越されて失点していくことはどうしても避けなければいけないピッチャーだと思ってます。極力、内野ゴロの多い投球をしてほしい。でも、あの試合では外野の頭を越えていく打球が多かったし、相手打線の勢いを止められるほどの内容ではなかった」

ほどなく、中3日でドラゴンズ戦に登板することが決まった。木塚は思う。

「彼にはやってもらわなきゃ困る。このままマウンドに上げるわけにはいかない」

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 過去に大貫が投げた試合の映像を何度も見返した。復調の手がかりになるものはないかと目を凝らした。先発投手の早い回での降板は、投手コーチにとっても悔しいものだったからだ。

 そして、探り当てた。

「これがヒントになるんじゃないか――」

大貫を生き返らせたアドバイス。

 タイガース戦の翌日、さっそく大貫と話をした。

「どういうふうにこれからの3日間を過ごすのか。フォーム、体のバランス、始動、リリースポイント。それらをもう一度考えよう、と。その中の一つが『手から始動してみる』ということでした」

 木塚は続ける。

「ピッチングとは、上下・左右というクロスした軸の関連性の中でボールを離していくもの。そこの連動性や伝達が、ゲームの力みや緊張感もあってスムーズに行われていないように映りました。それを元に戻すというか、動きやすいリズムにしようと」

 投球動作のはじめに、まず手の位置をすっと上げるのが改善薬になると見た。木塚の助言を受け、大貫は試した。

「最初は不思議な感じもしましたけど、すぐにバランスがよくなったことを感じられました。手を先に上げて、足を上げる場所をつくってあげる感覚。バランスがよくなったことで指にかかるボールを投げられるようになりましたし、力強く腕を振れるようになった」

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 効果はてきめんに出た。14日のドラゴンズ戦で8回2失点の好投を見せ、今シーズンの自身1勝目をつかんだのだ。

「ぼくは力んでしまうと体が前に突っ込んで、腕が間に合わなくなるんですけど、それがかなり減りました。そのおかげでコントロールがよくなった。(ドラゴンズ戦を自己採点するなら)85点です」

 15点の減点は、初回に失点したことに対するものだ。

「初回に点を取られることがぼくは結構多いので、気をつけて投げてるんですけど……やっぱり入り方はすごく難しい」

 振り返れば、このドラゴンズ戦を最後に、チームはしばらく勝利から遠ざかることになった。6連敗と1つの引き分けを挟んで、大貫の出番が再びやってきた。

「あの苦しみがあってよかった」

 だが、26歳に気負いはなかった。いつもどおり明るいチームの雰囲気が、右腕を力みから遠ざけた。

 7月23日のスワローズ戦。大貫は惜しみなく全力を注ぎ、鬼門の初回を三者凡退に抑える。2回、3回と、エラーによる走者を1人出しただけでテンポよくアウトを重ねた。

「リズム、バランスを崩し始めていた」

 木塚がそう指摘するのは4回だ。先頭の上田剛史と4番の村上宗隆に四球を与えた。併殺で傷口を広げることなく乗り切った大貫と木塚はベンチで言葉を交わした。これまでにやってきたことの再確認だ。

 大貫はイニング間のキャッチボールでフォームを立て直すと、5回から再び調子を取り戻した。木塚は言う。

「(タイガース戦での)あの苦しみがあってよかったなと思うところですよね。彼自身、そういう引き出しを持てた」

 4回は、たしかにターニングポイントだった。大貫が言う。

「あの試合でいちばん印象に残っているのは、4回、村上選手にフォアボールを出した場面です。去年もやられた相手。ランナーがいる場面で回ってきて、低めに丁寧に投げようとした結果、フォアボールになってしまいました。そのときにふと『逃げ腰になってるんじゃないか』って思ったんです。攻める気持ちを忘れないようにしよう。そうじゃないとまたいつもみたいになってしまうって」

 強打者に与えた四球がファイティングポーズを取り直すきっかけになった。心は強さを取り戻し、イニング間に技術的な課題もすかさず修正できた。噛み合えば球は生きる。5回、6回、そして7回も2アウトを取るところまで、スワローズ打線に安打を許さなかった。7回の2アウト目は、村上から奪った。

「低めに投げるという、意識しなきゃいけないところはしっかり意識して、冷静な頭で勝負できた。しっかり攻めきれたと思います」

 大記録を期待する観衆のざわつきは大貫の耳に届かない。

「ゼロに抑えて勝つことのほうが、ぼくにとっては大事なので」

 村上の次打者、西浦直亨にヒットを打たれ、ノーヒットノーランの望みは絶たれた。7回111球を投げ終えたところで、大貫は務めを終えた。ベンチに腰を下ろした大貫のもとに、木塚は手を叩きながら歩み寄った。

「ここまでよくやった。あとは後ろに託そう。記録はまた次にやってくれよ」

 コーチのねぎらいの言葉に、大貫は笑みをこぼした。何より欲しかった結果が手に入ったことが、うれしかった。

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好転、急転直下、そして――。

 6-0の快勝は、チームの流れをも明確に変えた。

 続くカープとのカード、初戦は佐野恵太のバットからサヨナラ満塁ホームランが飛び出し、2戦目は乙坂智の代打3ランで勝利を決定づけた。さらに日曜日のゲームも、7回を終えた時点で6点リード。勢いは、あった。

 しかし――8回と9回に5点ずつを失って負けた。同点に追いつかれた9回、満塁ホームランが無人の外野スタンドに落ちた。

 大貫の好投を境にした6連敗から3連勝への好転。

 そこからの急転直下の逆転負け。

 流れ、勢い、モメンタム。

 あいまいだが、たしかにあるもの。

 それをいま一度引き寄せられるか。チームの団結と底力が問われている。