FOR REAL -in progress-

ピッチャーは、裏方
――井納翔一、34歳の感謝と絆

2020/7/13

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 もう2週間以上、勝ちと負け、白黒交互の並びが続いている。

 どこか一つの石を反転させれば、3連勝にも、3連敗にもなる。まだまだ序盤で僅差のペナントレースは、それだけで順位が大きく動く。印象が、勢いが、がらりと変わる。そんな緊張感のある日々を、ベイスターズは戦っている。

 リードを奪い、勝利に指がかかった試合を落とす――。

 先週の始まり、流れが望ましくないほうへいっきに傾く契機となりうる展開の敗戦があった。

連勝を逃したあとにはすぐ連敗の危機が来る。ここで踏ん張れるかどうか。

 翌日の大事な一戦は、経験豊富な右腕に託された。

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1イニングでも長く、1打者でも多く。

 井納翔一は、広島市内の宿舎のテレビでゲームセットを見届けた。

 7月8日、水曜日のカープ戦。火曜日の試合が雨で流れ、週の初戦となったその日、8回に逆転満塁ホームランを浴びてチームは敗れていた。

 ただ、そのシーンは心に変化をもたらさない。「自分の投球をするだけ」。よけいな気負いはなく、次の日の先発マウンドに意識は集中していた。

 翌9日、まず打線が道をつくった。前回の対戦で苦しめられたカープのルーキー森下暢仁から初回に2点を奪う。援護をもらった井納は先頭のJ.ピレラを打ち取って波に乗った。

 持ち前のテンポのよさが発揮できたのは、天候のせいもあったかもしれない。

空を覆う雲は気まぐれに雨を降らせたが、井納は幸運にも雨が少ないタイミングでマウンドに立つことになった。「また降り始める前に」との思いが、自然と投球のテンポをよくさせた。

 重要な局面は4回に訪れる。

 2アウトからタイムリーツーベースを浴びて1点差。さらにつながれ、一三塁となって、打席に田中広輔を迎えた。

 井納が振り返る。

「ここで抑えないとずるずる行く可能性があるな、と。まだ点(同点となる2点目)は入ってないということを再確認して、気持ちを引き締め直して投げました」

 ネクストバッターズサークルで長野久義が代打の準備をしているのも見えていた。

「ぼくは右打者より、球種の使い方に広がりが出る左打者のほうが得意。だから、何が何でもここ(左打者の田中)で切らなきゃという思いでした」

 フォークで空振り三振を奪い危機を乗り切った井納は、6回まで投げた。6回のマウンドに向かえたことが喜びだった。

「(右ひじの手術明けだった)昨シーズンは5回ぐらいで降板することが多かった。(カープ戦では)5回を投げ終わってもコーチがぼくのところに来ることはなかったので、(今シーズンは)普通に投げられるんだと。1イニングでも長く、1打者でも多く投げたい。特に今シーズンは日程がすごく詰まっているし、それによって中継ぎの疲労を少しでも減らせると思うので」

「あ、ソーシャルディスタンス」

 敵地でのヒーローインタビューで、井納はバッテリーを組んだ伊藤光の名前を出して感謝の言葉を口にした。マイクを向けられたときはいつだって、そうする。

キャッチャーのありがたさ、大変さを知っているからだ。キャッチャーの存在があってこそ自分がこうして表舞台に立てていることを知っているからだ。

 井納は言った。

「ぼくの勝手な考えではあるんですけど、勝つことに関してはピッチャーは裏方のような感じのポジションなのかなって。ぼくらがいくら0点にずっと抑えたとしても、それだけでは勝つことはできないわけで。点を取ってくれる野手、それにキャッチャーがいなければ、ピッチャーも勝てないんです。キャッチャーが配球をいろいろと考えてくれて、それにピッチャーが応えて結果が出る。キャッチャーあってのピッチャー。それはぼくが常に思っていることです」

 2013年のプロ入りから8年目。独特な言動に注目が集まったりもしてきたが、歳を重ねた井納は人間味にあふれた男なのだ。

 9日のカープ戦に際して井納が思い出したのは、登板翌日の7月10日が石川雄洋の誕生日ということだった。

「ぼくが入団したとき、同級生は石川と、いま社会人でやっている松本(啓二朗)、須田(幸太)、それから山崎憲晴(現タイガース・スコアラー)だけで、誕生日のことはよく話していたんです。『おれのほうが早いから年上だな』だとか、『誕生日おめでとう』だとか」

 後日、5月1日生まれの“年上”の井納から、石川の手にウイニングボールが手渡された。握手を交わそうと互いに手を差し出したあと「あ、ソーシャルディスタンス」と言い合って、少し離れたところから会話を交わした。

 2013年、井納のプロ初登板の試合で、石川は1番を打っていた。それ以来、数多くの試合をともに戦った。苦楽をともにしてきた。

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「ぼくが投げているときに(石川が)塁に出る確率も高いし、マルチヒットもしくは猛打賞のことが多いのかなって。ぼくがそう思っていたら、石川本人もそれに気づいていたみたいで。石川が冗談交じりに『打ちたくなくてもバットが自然に出てヒットになる』って言ってたり。そういう話をよくしますね」

 2020年、それぞれが投手・野手の生え抜き最年長、34歳になった。井納は言う。

少しでも上(一軍)にいて、1年でも長くやるという強い気持ちを2人とも持っています。石川はチームを変えてくれる選手。去年も石川が上がってきてからチームの雰囲気が変わって、勝ち試合が多くなった。何かを変えてくれるとても大切な選手だと思うので、早く――ファームで一緒にじゃなくて、一軍で一緒にプレーしたいなと思っています

「自分ができることを、しっかりと」

 ヒーローインタビューを受けているとき、井納は自身にとっての連勝が久々であることにも触れていた。

 好投した次の試合では結果が出せない。そんな記憶が言わせたセリフだった。

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 今シーズンは、チーム事情による登録抹消を挟みながらも、自身開幕2連勝でスタートを切った。もちろん白星の積み上げを狙いつつ、視線は遠い先ではなく自らの足元に向ける。

自分が投げるときは、一球、一打者に集中して。その結果として、6イニング、7イニングと投げられればと思っています。広島戦ではそれができたので、続けていきたい。勝ち負けにこだわる前に、自分ができることをしっかりとやっていければなと思います

 広島での2連戦を1勝1敗としたチームは、甲子園での対タイガース3連戦の初戦を5回降雨コールドで落とした。その次戦は9回に3点を奪っての逆転勝ち、その次戦は息詰まる投手戦のすえ反撃及ばず1点差で敗れた。

 紙一重の勝負が、強烈な蒸し暑さのなか続く。

 勝ちと負けに揺れる天秤は、どちらにぐっと傾くか。

 名古屋、そして横浜に帰ってくる6連戦。勝ちに深く傾けて連勝のスイッチを押したい。