FOR REAL -in progress-

全力で、自分の仕事を
――今永昇太、いざ開幕のマウンドへ

2020/6/19

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 3月9日に最初の開幕延期が決まったのちも、スタートゲートの仮設と撤去は繰り返された。

 プロ野球をなりわいにしている26歳が、動じなかったと言えば嘘になる。社会情勢を伝える報道に接すれば接するほど、公式戦開催の現実味は薄れゆくように感じられた。

ただ、今永昇太は切り替える。自身の心を未来に飛ばし、そこにある光景を見たからだ。

 登板後の取材。負け投手はうつむき加減に話している。

「コロナウイルスに左右されたこともあって、ちょっと調整が……」

 心を現在に引き戻し、今永は首を振る。

「そんなことを言っている自分自身を想像したくはない。それを言い訳にするよりも、前向きに捉えて『レベルアップできました』と言えたほうがカッコいいじゃないか」

 濃い霧の中に歩みだした。

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「ちっちゃい人間だなあ、お前は」

 明確な期限のない自主練習期間は、ポジティブに見れば、自由な実験が許される時間だ。トレーニングにせよピッチングにせよ、試みてはその結果や意味を確認し、そうして得られる大小の発見を積み重ねた。

 だが、おそらく最大の変化は内面に起こった。

 どれだけ「前向きに」と心がけても、自由な外出を阻まれる日々が長引くにつれ、今永の心は少しずつささくれだった。ちょっとしたことでいら立つ自分がいた。

 ストレスに苛まれている今永を、もう一人の今永が見つめていた。

「こんなことでイライラするなんて、コロナウイルスの術中にはまってるようなものじゃないか。ちっちゃい人間だなあ、お前は」

 そんな脳内の対話に苦笑を浮かべることができたとき、今永の心はひと回り大きくなった。

 そしてある日、ふと自分の行動を省みるに至る。

「たとえば、コンビニでお金を払っておつりをもらうとき、スーパーで品物をもらうときに、『ありがとうございました』って口にしてこなかったな、と。でも、こうしてコロナウイルスの感染が広がるなかで、社会のインフラを止めないためにリスクを背負いながら働いてくれている、経済を回してくれている方々にはあらためて感謝の言葉を言う必要がある。そういう方たちはぼくらにとってすごく当たり前の存在だけど、当たり前と思っちゃいけない」

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 視野の広がりとともに深まる思考は、やがて一つの結論に達した。

球場の運営スタッフ、警備の方、あるいはカメラマンの方たちだとか。ぼくたちが野球をするためだけに、グラウンドに出ている20人ほどの人間のためだけに、それ以上の人たちが動いてくれている。それは当たり前のことじゃないというなかでぼくらがまず念頭に置かなければいけないのは、『全力で仕事をする』ということだと思います

 ただ好投し、チームに勝利をもたらすこととは別の次元の、新たな職責が見つかった。

「オープニングピッチャーは任せた」

 開幕が6月19日に決まり、チームとしての全体練習が5月下旬から再開した。

 5月25日の紅白戦で投げたあと、ウエイトトレーニングを終えた今永は首脳陣から別室に呼び出される。その時点で、何の用件かの察しはついた。開けた扉の先にA.ラミレス監督と2人の投手コーチの姿を見つけ、確信する。

 ラミレス監督は端的に言った。

「6月19日のオープニングピッチャーは任せた」

 受け止める準備はできていた今永は、短く、「はい」と応じた。

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 シーズンの第1試合の先発投手として、今年のチームの戦う姿勢を体現するマウンドにしたい、と今永は考えている。

 それをより具体的な言葉で、こう説明した。

キャプテンが変わって、みんながあらためて自覚を持ったと思います。誰かにやってもらうのではなく、自分がやるんだという気持ち、責任感が増したと思う。だから、ぼくも自分が自分の仕事をすることに意識を傾けたい。先発でできるだけ長いイニングを投げる。完投を目指して投げる。ほかのローテーションピッチャーがどれだけイニングを投げたか、それも計算に入れながら投げていく。自分の仕事をまっとうするシーズンにしたいです

 図らずも、2つの思考回路から導き出された言葉が重なる。

 コロナウイルスの感染拡大により窮屈な暮らしを強いられるなかでたどり着いたのは、日常を、野球を当たり前のものにしてくれている人々の思いに報いるため、「全力で仕事をする」ことだった。

 筒香嘉智という柱が抜けた今年のベイスターズが選手一人ひとりに求めているのは、誰かに頼らず、それぞれが「自分の仕事をまっとうする」ことだ。

 目前に迫った開幕戦、どこに注目してほしいかと問われた今永が答えに選んだのも、その一点だった。

全力で野球をしている姿。それをまっとうしている姿です

下方修正の先に成長はない。

 練習試合では2度、先発した。「正直、手ごたえはあります」と、自信ありげにうなずく。

 一つ懸念事項を挙げるなら、初回の入り方だろう。いずれの試合でも複数失点を喫している。

「あらためて、初回の入りって難しいなと。1、2、3番と、純粋にいいバッターが3人続く。そこをどう切り抜けるかが、ぼくの今シーズンの成績を左右する」

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 通常どおりのシーズンが想定されていた春季キャンプのころ、今永は勝ち星の目標を「15勝以上」に設定していた。15勝を目指すというより、15勝はしなくてはいけないから、16勝はしたい。そんな算段だった。

 延期が重なり、レギュラーシーズンは120試合に縮小されたが、現時点では目標をどこに置くのか。毅然と、こう言った。

「目標は変えずにいます。下方修正していては、この先のぼくの成長はないと思うので。実際、単純計算ではありますけど、できない数字じゃない。絶対に16勝したい、16勝するという目標を変える必要はないと思っています」

 母数となる登板数自体が減ることは避けられないから、1試合の重みはおのずと増す。

開幕戦という象徴的な試合で、1つ目の勝利を手に入れられるか。チームを勢いに乗せられるか。

 3カ月ぶんの成長を証明すべく、左腕は2020年の第1球を投じる。