FOR REAL -in progress-

一生残る、一瞬のために。

2019/9/2

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 マラソンでいえば、35km地点を越えた。先を行くランナーの背中を見失ってはいない。

 追う立場にある者は、たとえどんなに苦しくても、勝つためにはペースを上げなければならない。

 筒香嘉智は動いた。

 まだだいぶ手前を走っていたころから、ギアを一段上げるのはここだと見定め、準備をしてきた。

 8月30日、広島。

 マツダスタジアムの一室に、選手、監督・コーチ、スタッフらを集め、用意しておいた短い映像をスクリーンに投影した。

 いわゆるモチベーションビデオだが、モチベーションを高めることが主目的ではないという。残りおよそ20試合。チームを一つにする言葉のその意味を、より明確に、印象深く伝え、心の深いところで共有するための映像だ。

全員に配られたTシャツに記された言葉は――「一生残る、一瞬のために。」

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 これまで、スローガンの発案者はA.ラミレス監督だった。今年は選手が言葉を編んだ。筒香は言う。

「プレーするのは選手なので。今回は選手みんなで決めよう、と」

 筒香と話し合いを重ねてきた選手会長の石田健大が言う。

「CSに出たり、日本シリーズに行ったりしましたけど、何かが足りないからリーグ優勝ができていない。いい雰囲気を保つ、さらにいい雰囲気にする。そのために筒香さんが提案してくださったこと。去年、1勝ぶんが足りなくてCSに行けなかった。『あの試合に勝っておけば』と、みんな、終わってから口にしました。だから今年は、シーズン中からそういう気持ちを持って、みんなで言い合えるようになれば、大事な1試合を落とすこともないと思う。一瞬、一瞬を大切にしようというメッセージはすごくいい」

「チームに迷惑をかけたくない」

 キャプテンに就任して5年目となる今シーズン、チームにおける筒香は絶対的な存在だ。

 だが、ラインアップ上の筒香は、今年、大きく揺らいでいる。

 守備位置は「7」から「5」へ。8月上旬、宮﨑敏郎が離脱した後の三塁手を託された。

 指揮官から話があったのは8月8日のことだ。筒香は言う。

「マツダスタジアムの監督室に呼ばれて、『明日からサードをやってほしい』と言われました。ぼくからは『わかりました』と。それだけですね」

 実際、翌9日の試合からサード筒香のコールがなされ、8月31日まで固定して起用された。左翼手のイメージが定着していただけに、当初は見る者に違和感を抱かせたが、やがて自然な風景と化した。準備期間がほとんどなかったにもかかわらず、そつなくこなしているようにさえ見えた。

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 本人の心の内はどうだったか。

「5年もやってなかったわけですから、『チームに迷惑をかけたくない』という思いが真っ先に浮かびました。でも、監督から指示されたからには、ぼくらはもうやるしかない。すぐに切り替えて、必死にやるだけだと思いました。もちろん、不安はあります。ないと言ったらウソになる。いろんな意味での怖さも、毎日、感じている」

 三塁手への“復帰”初日、筒香は2本塁打7打点と、すさまじい打棒を見せつけた。内野の守備につくことはむしろ、何らかのプラスの影響をもたらしているのではないか――。そんな見立てに対しては、首を横に振る。

「メリットは……パッとは思い浮かばないですね。もちろん、監督はチーム全体で見ればプラスだからそういう判断をした。ぼく個人でどうかといえば、プラスのほうが大きいかというと、そういうわけではないかなと思います」

 猛烈な打球に一球ごとに身構え、内野ならではのサインや連携プレーも頭に叩き込んでおかねばならない。一人の人間の思考の総量のうち、小さくない割合をそちらに割く必要性に迫られるのは当然のことだ。主将であり、主砲としても期待されている男への負荷は間違いなく高まった。

 それでも、表面上はまったくそのことを感じさせなかった。石田は「守備位置からあんなに声をかけてくれる選手はなかなかいない」と言った。任されたポジションでできること、チームのためにできることを、筒香はひたすら実行に移し続けた。

2番・筒香の「変化」。

 打順にも変動があった。

 後半戦のスタートと同時に、筒香の名前は「野球人生で初めて」2番打者の欄に書き込まれることになる。一時は、見慣れた4番の座に戻ったが、現在は再び2番に据えられている。

 筒香は言う。

「(打順によって)バッティングは変化していないけど、頭の中は変化しています。もちろん、いろんなことを考えますよね、2番なので。好きに打っていいよとは言われていても、2番と4番では、考えることはまったく違う」

 ここでも、新たな環境への適応に思考の一部は持っていかれる。筒香自身が言い訳をすることは一切ないが、チーム全体のプラスのために、己という個を犠牲にしてきた面はたしかにある。

 それでも、周囲は筒香に、筒香であることを要求する。打席に立てば、勝利の一打を期待する。

 肝心要のバッティング。ここまで積み重ねてきた数字は、打率.273、26本塁打、73打点。いずれも、チーム内(規定打席到達者)ではトップ3に入るが、「筒香にしては」のフィルターを透かして見れば、苦しさの痕跡が浮かび上がる。

「ずっと迷ってますよ、今年は」

 筒香は短く言った。

 強打者の評価が固まった筒香に、敵軍バッテリーの攻めは厳しさを増している。今シーズン、まだ途中であるのに三振の数はキャリア最多を大きく更新中だ。

 おそらくは終わることのない試行錯誤を重ね、迷いながら、8月に残した数字が興味深い。

 月別打率は、今年のどの月よりも低調な.219。にもかかわらず、どの月よりも多い8本塁打、23打点を記録した。

 いまの状況を語る言葉は、淡々としていながら好調の萌芽を感じさせる。

「普通です。ちょっといいほうが勝ってるかなって感じです」

 揃いのTシャツを着て練習に臨んだ8月30日、筒香は第1打席で先制のソロホームランを放った。左腕、床田寛樹の内角へのツーシームを、体を回転させながら引っ張った。その感触を、はっきりとこう言った。

「あれは、いいホームランですね。体の中がすごくまとまっていた」

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今シーズンのここまでに、強く記憶に刻まれた“一瞬”は「まだない」と筒香は言った。「これから来ると思います」と。

 さらにペースを上げて駆け抜ける9月戦線。そのどこかに、輝ける一瞬が待っている。

「ちょっと感情じゃ表せない」

 20歳の若者にとって、あの一打はまさしく「一生残る、一瞬」となっただろう。

 8月28日、横浜スタジアムでのスワローズ戦は、6-6のまま延長12回までもつれていた。11回裏の攻撃で、乙坂智が代打で出て、残りの野手は1人になる。

 山本祐大は数えた。

「打順をこう、順番に……。次の回、2アウト満塁でピッチャーのところまで回ってくるな、と」

 心構えはできていた。12回裏、2アウト1塁から連続四球で本当に満塁になった。

代打、山本。狙いは、スライダー。

「(相手投手の星知弥は)前日の試合でスライダーを投げていたので。必ず投げてくるだろうと思っていました。イメージはしていた」

 予想どおり、初球に来た外角のスライダーを打ちにいってファウル。2球目、外角いっぱいへの150kmストレートは「しょうがない」。追い込まれ、狙い球の意識は薄れた。

「なんとか食らいついていこう、と。打った球が何だったのか、最初はわかりませんでした。1球目がスライダー狙いだったので、体がスライダーに合っていたのかもしれません」

 打球は鋭くライト方向へ。雄平が猛然と突っ込む。その手前で芝に落ちた打球は、グラブの下をかいくぐってフェンスのほうへ転々とした。三塁走者の柴田竜拓がサヨナラのホームインを果たし、「ライトゴロにならないように」必死に走っていた山本は一塁キャンバスに到達するなり、ベンチから飛び出してきた仲間たちのほうへと走る向きを変えた。

 プロ2年目、一軍での3安打目が、死闘に決着をつける一打となった。絶叫し、かれた声でヒーローインタビューに応じた。心境を問われ、あふれた言葉は「ちょっと感情じゃ表せないぐらいうれしかった」。不自然な日本語も、あのステージでは自然だった。

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 山本は、こうも言った。

「1回からベンチを温めてました」

 響きはジョークのようで、真実だ。7月31日に、今シーズン2度目の一軍昇格を果たしたが、出番があったのは代打の6打席と守備1イニングのみ。まばゆい光を浴びるグラウンドは、目の前にあって遠かった。

 ただ、その事実を悲観してはいない。山本は言う。

「優勝争いをしている大事な時期に一軍にいられるってことは、戦力として見てもらえているということだし、光栄で幸せなこと。いちばんは出場して勝つことですけど、いまは、この中にいられて、すごくいい経験をさせてもらっています」

 代打ながら打席に立てば、一軍の投手のボールを体で感じられる。「自分の実力だと、しっかりと(狙い球を)決めておかないと打てない。それがわかっただけでもプラスです」と山本は話す。

 守備の場面でも、ベンチから目を凝らす。打者が打席のどこに立つのか。どんな表情を見せるのか。ファームに身を置き、テレビで一軍の試合を見ていても得られない情報を、日々、頭の中に蓄積している。

度重なる波乱を越えて。

 大阪に生まれ、父に厳しく育てられた。「大切な教えは」と問われると、山本はやや口ごもる。

「『野球は二流でも、人として一流であれ』と……そう言われてきたんですけど、ちょっとやってしまったんで。全然、一流になれてないですね」

 昨年8月19日のカープ戦、山本は一軍初打席でいきなりホームランを打った。20歳になる誕生日は9月11日。その狭間の時期に、飲酒が発覚した。

 なぜ、それは起きてしまったのか。

「自覚の薄さ。バレなければいいやっていう考えがあって……」

 発覚したと知らされた時、山本は覚悟した。

「ぼくの野球人生、終わったと思いました。もう野球はできない、と」

 厳重注意を受け、シーズン中の外出を禁じられたが、野球の道は閉ざされなかった。自業自得の土壇場を経験し、目は覚めた。

「いま野球をやらせてもらっていることに感謝の気持ちしかありません。ぼくが変わったかどうかは、第三者が決めることだと思います。ぼくは信頼を取り戻すためにやっています」

 戻ってきた野球のフィールドで、悔しい思いを味わった。

 今年5月6日のジャイアンツ戦。山本はプロ初スタメンで、今シーズン初登板の東克樹とバッテリーを組んだ。しかし、初回に坂本勇人の2ランなどで3失点を喫し、3回8失点でバッテリーごと交代した。

 山本が振り返る。

「坂本さんの2ランから『あれ?』と。ぼくの中で歯車が狂った。何が何だかわからなくなって、現場で起きていることも、自分がやっていることも……パニックでした。気づいたらあんなに点を取られていて、どうすれば抑えられるんだろうって……」

 東には謝った。捕手である自分の焦りが試合を壊したと山本は考えたのだ。

 波乱は続く。

 5月23日のファームゲームで、頭部死球を受け、救急搬送された。

「当たったと思って、気がついたらみんなに囲まれていた。少しの間だけ記憶がないですね」

 診断の結果、幸いにも大事には至らなかった。だが、当たった直後の記憶がないのとは反対に、当たる直前の記憶は鮮明なのだ。山本は言う。

「はじめは、打席に入るのがすごく嫌でした。怖さもありますけど、こっち(頭のほう)に来る残像が残ってて……」

 打席の数と時間が症状を緩和した。「いまはまったく問題ない」といい、頭部死球の恐怖心は完全に克服できた。

 心も体も痛めつつ、地道な努力を重ねてきた。そして7月31日、今シーズン2度目の昇格通知を受け取った。

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まだ、登り始めてもいない。

 8月28日のスワローズ戦でサヨナラ安打を放った直後、ガッツポーズの山本は、目の前にいる誰彼となく飛びついた。輪が解けて2歩3歩と歩んだ先に、待ち構えていたのが戸柱恭孝だった。

 どちらからともなく両腕を広げ、強く抱擁を交わした。

 昨年の夏以降、ファームで過ごした戸柱は、山本を気にかけ、ことあるごとに声をかけた。山本は言う。

「トバさんにはすごくお世話になった。一軍のことをよく知っているし、配球のことも教えてもらったりだとか。ライバルですけど、尊敬しています。特別な先輩です」

 山本の心に残っているのは、昨年、ファームの試合での一場面だ。

 山本はバントを失敗し、悔しさを露わにした。その姿を見ていた戸柱は、こう諭したという。

「悔しいのはわかるけど、そういう姿は出さないようにしような。周りも見てる。切り替えが大事だぞ」

 今年7月31日の一軍昇格は、戸柱といっしょだった。

「なんとか、がんばろうな」。

 自身も期するものがあったに違いない戸柱は、山本にそう声をかけることを忘れなかった。

 プロ野球を山にたとえれば、「まだ登り始めてもいない。下から山が見えている段階」と山本は言う。目指すべき頂は、「勝てるキャッチャー。優勝できるキャッチャー」だ。

「なんでも、ひたむきにやっていきたいと思います。それをアピールポイントにできるぐらいに」

 高く険しい山へのチャレンジ。登り切るために必要な、体力、知力、精神力を、いまは日々培っている。

 チームはいま、高い山の頂上に近いところにいる。

 残り18試合となって、ここからの戦い方で大切なことを、筒香はこう語った。

「勝てる試合を落とさないこと。勝ちゲームを落とさないことが絶対条件です。あと、必ずもう一回、ヤマ場は来ると思う。その時にどうなるか。自分の100%の力を出せるかどうかに懸かってくると思います。がんばる、がんばらないじゃない。100%を出し切れるかどうか。そのための準備を、みんなが、もうしてきていると思います」

 週末の対カープ3連戦に勝ち越して、ジャイアンツに点灯していたマジックナンバーは消滅した。

 金曜日の試合では、先発の濵口遥大が右股関節に痛みを訴え、2回途中に緊急降板。それでもブルペン陣が試合をつくり、粘り勝った。

 9月1日、勝ち越しが懸かる日曜日のゲームでは、わずかに4安打と打線が苦しめられながら、接戦をものにした。

 いまのベイスターズは、そう簡単に負けない。強くなってきている――。
 そんな声に対し、筒香は表情ひとつ変えずにこう返す。

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「もともと強いですからね。2年前くらいから、ずっと強いです」

 星勘定では、依然として楽観などできない立場だ。だが、キャプテンの言葉が勇気をくれる。持てる力を出し切れさえすれば、待ち望み続けた“一瞬”を我が手中に収められる。

さあ、9月。勝負の秋がついに始まる。