FOR REAL -in progress-

再びの暗転、左腕の蹉跌。

2019/5/7

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 炭坑みたいな地下道から、やっとの思いで這い出た。立ち上がり、久々に光を浴びて、ここからは着実な一歩を重ねようと前を向いた。折しも大型連休中の世間には、改元の祝賀ムードが漂っていた。状況は好転したかに思えたが、かの敵地への遠征で風向きがまた変わった。10連戦の最後、若いバッテリーが救世主たらんと両腕を広げてみても、逆風は止められず、打ちひしがれて、心に包帯を巻かねばならぬ事態となった。

 まばゆい光を見た前半と、再び暗転した後半。
 それぞれの象徴になった2人は、ファームからやってきた。

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「やるべきこと」の連なりが勝利を呼ぶ。

 4月28日、石川雄洋は鎌ヶ谷でのファームゲームを終えて、電車に揺られていた。一軍のチームはジャイアンツ戦に敗れたところだった。マネージャーからの「明日から一軍」の連絡を受け、心の中で短くつぶやく。

「10連敗中か。大変な時に行くな……」

 翌29日、東京ドームに着いてから、即スタメンで起用されると知った。生え抜き15年目の32歳に、負けが続く流れを断ち切ってほしい。そんな期待が懸けられていることを感じなかったはずはないが、気負いはなかった。

「ゲームには普通に入れました。流れって、変えようと思って変えられるものでもないですし」

 長い経験が、ある種の達観をもたらす。口癖のように言う「自分のやるべきことをやるだけ」。いかなる時も、それが唯一の解なのだと悟っている。

「試合だったら、与えられた仕事をこなすこと。バントならバント、エンドランならエンドラン。守備では打球をしっかり処理する。練習では、失敗を少なくできるようにと考えながら取り組む。そしてケガをしないように、ケアを怠らないこと」

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 文字にしてみればあまりにシンプルだが、個々人の「やるべきこと」の連なりが勝利を手繰り寄せることは一つの真理。一軍に呼び寄せられた石川は、それを身をもって証明していく。

 3回1アウト一塁の場面で、高めの球を右方向に叩きつけてエンドランを成功させ、8試合ぶりの先制点をお膳立てした。5回には当たり損ねの打球でも全力疾走して内野安打とした。同点の8回、甘い初球を見逃さず、右翼席に勝ち越しの2ランを放り込んだ。
 やるべきことをやり抜いた先にお呼びがかかった、敵地でのヒーローインタビュー。レフトスタンドの歓声と、三塁側ベンチ真上のフェンスにしがみついたファンからの「タケヒロー!」の絶叫は、石川の耳に残っている。

「すごく大きな声援をいただいていたので、本当にうれしかったです。あの局面でうれしくない人はいないですよ」

「見本を見せてくれよ」

 あれもこれもが「平成最後」の4文字とともに語られた4月30日のスワローズ戦は、4回表を終えた時点で、0-7と大差をつけられていた。
 その裏、先頭打者として打席に向かおうとしていた石川に声をかけたのは、今シーズンから打撃コーチに復帰した田代富雄だった。

「なあ、見本を見せてくれよ」

 石川が振り返る。
「正直、(見本を)見せられるかどうかなんてわからなかったけど、ヒットを打てたのでよかったですね。大差がつこうが接戦だろうが、なんとかして塁に出ようという意識は変わらない。もちろんチームが勝つことが優先ですけど、ぼくも結果を残せなかったらファームに行かなくちゃならないんで

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 コーチの言葉と危機感から生まれた一本の安打が反撃の合図となった。N.ソト、筒香嘉智の連続ホームランで4回に3点を奪取。さらに5回、1点差に詰め寄ったところでJ.ロペスが逆転の2ランを放つ。同点とされ、延長で負けはしたが、明るい兆しと受け取っていい試合だった。

 今度は何もかもが「令和初」の3文字で迎え入れられた5月1日。3試合連続スタメンの石川は、2安打を放って快勝に貢献した。翌2日は今永昇太の粘投と筒香の一発で燕を撃ち落とした。挽回の兆候はよりたしかなものになろうとしていた。
 この間の6安打でチームを危機的状況から救った石川は、節目の個人記録にも着々と近づいた。通算1000安打までは、残り12本だ。

「2年ぐらい前から手が届くところに来ていて、まだできてないんで。今シーズン中にできなかったら、たぶんもうできないですよ。結果がどうなるかはわからないですけど、シーズン序盤の大事な場面で打てているのはうれしいです。(一軍に)上げてもらってすぐ試合で使ってもらえていることにすごく感謝していますし、いいところで打てれば、いいですね」

 過去の大型連敗を喫した時代に比べ、ベイスターズは強くなっていると石川は言う。

ジグソーパズルのように出っ張りと凹みを組み合わせることができたなら、「優勝」の一枚絵を描き出せる、と。
 その欠かせぬピースになりたい。石川の願いだ。

みんなにできなくて、ぼくにできることもある。ぼくにできなくて、みんなにできることもある。たとえば、ぼくは走塁やバント、エンドランは得意かもしれないけど、令和になったからって、ぼくがいきなりホームランバッターになれるわけではないんです。誰でも得意、不得意はあると思うけど、それを助け合っていくのがチーム。いい選手はいっぱいるので、あとは噛み合うか、噛み合わないか。最終的な目標は優勝ですけど、いきなりできるものでもないので。目の前の一試合一試合に集中して、1個ずつ借金を返していって。その積み重ねしかない」

 もう数少ない存在となった昭和生まれの、背番号7。
 その疾走、その奮闘、その献身で、ベイスターズの令和元年は順調なスタートを切った――はずだった。

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東の肩にのしかかった重圧。

 風が逆流し始めたのは、甲子園だった。
 5月3日、プロ初登板の19歳、阪口皓亮が5回無失点のデビューを飾ったタイガース戦。1点のリードを守り切れず、延長10回サヨナラ負けを喫した。

 4日は、R.メッセンジャーの前にわずか3安打と、打線が沈黙した。

 相手のミスにも助けられ5回を終えた時点で3点のリードがあった5日の試合では、同点に追いつかれて迎えた9回裏、福留孝介にセ・リーグ通算50,000号となるサヨナラアーチをかけられた。

 10連戦も残すところ、あと1試合になった。痛恨の敗戦を重ねてきたとはいえ、戦いの舞台を横浜スタジアムに移すジャイアンツ戦に勝つか負けるかで、後味は大きく変わってくる。

先発マウンドは、東克樹に託された。

 左ひじの違和感を訴え、春季キャンプからずっとファームでの調整を続けてきた。慎重に慎重を重ね、実戦でたしかな手ごたえを得て、満を持しての今シーズン初の一軍登板だ。
 この日を迎えるまでの心境を、東が明かす。

「10連敗している時は、やばいなとは思ってました。でも、ファームにいる自分がそれを止めることはできないし、何の力にもなれない。とにかく自分が一軍に上がるために、その時その時を必死に過ごしていました

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 一軍のマウンドに戻ってこられた待望の日、避けようのない重圧に襲われた。甲子園での3連敗から帰ってきたばかりのホーム戦。期待という名の重圧を生じさせる条件が、整っていた。

「去年、ジャイアンツ戦は無敗(5勝)で、今年の一発目がそのジャイアンツ戦で。『勝つだろう』って、周りからもいろいろ言われて

 昨シーズン11勝の新人王という事実もまた、左腕への期待に拍車をかけた。
 5月6日のプレイボールは17時。空はまだ明るいのに、投手の表情はいきなり曇った。

 先頭の山本泰寛に低いチェンジアップをセンター前に巧打され、坂本勇人にはスライダーを左翼席まで運ばれた。7球で2点を失った苦しい立ち上がりが、東を投げ急がせた。2アウト一塁までこぎ着けて、打席には陽岱鋼。1ストライクからの2球目、捕手の山本祐大は明らかなボール球を要求していた。それがわかっていたのに、深層心理が指先の力に微かに作用した。押し出された白球は、狙いより甘く、ゾーンの中へと軌道を描いた。

ストライクをほしがった。その気持ちが球に伝わったのかなと思います。そういうのが何回も、何球もあった。自分の有利なカウントで進めていこうとし過ぎて。球がいってないのにストライクを取りにいったら、そりゃ打たれるかなって感じです」

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打開策を見つけられなかった。

 3回には、さらに5点を失った。この回で早々とマウンドを降りた。球数は85球に達していた。
 その中で、最も悔やまれる一球は――。問いに、東は苦笑をつくって答える。

「いっぱいありますけど……。山ほどありますけど……。一球を挙げるなら、坂本さんに2本目のホームランを打たれたボールです」

 フルカウントとなり、8球目は139kmのストレートが真ん中付近に行った。絶好調の好打者はそれを完璧に捉え、ハマスタの大観衆はジャイアンツのスコアボードに刻まれた「8」の数字を悔しげに見つめた。
 登板1試合目の「出力」という点に関して、東はこう話す。

「ハイライトの映像を見ても、打たれた球は、もう全然、打ちやすい球になっていたので。まだまだなんじゃないかな、と思います」

 自分の投球ができなかったのはなぜなのか。マウンドにいた時の己を思い返して、東はしばし沈黙した。そして、おもむろに口を開く。

「……悪いなりに試合をつくらないといけないのが先発ピッチャーなのに、今日は引き出しを何も出せないまま、ただ投げてたっていうか。考えられてなかった。この状況になった時の対策、この球が打たれた時の対策。そういった部分で何もできなかったということが、今日の結果につながってるんじゃないかと思います」

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 同期入団でプロ2年目、20歳の山本とバッテリーを組んだ。ファームで結果を残してきたコンビネーションが買われての起用だったが、困難な状況を抜け出すための打開策を、2人は見つけられなかった。「オーソドックスな、向こうが研究してきたとおりの配球だったかもしれない。(山本とは)帰りの車の中で話します」。東はそう言い残した。

 時折笑みを交え、気丈に振る舞ってはいたが、左腕の心は打ちのめされていた。ポジティブに評価できるところはなかったかという質問には、「あると思いますか」と質問で返した。口角は上がっていたが、目が笑っていなかった。「次はがんばれよ」と励ます声が、遠くに聞こえた。

 次回登板までの日々、この悔しさはゆっくりと時間をかけて消化し、糧としていくしかない。
 苦しみの先に明るい未来があると信じて、いまは現実と向き合うしかない。