FOR REAL -in progress-

2人の“神”は思いを重ねて。

2019/4/8

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 勝負という名の天秤は、どちらに傾くべきか、まだ決めかねていた。

 4月4日の対スワローズ3回戦。4対4の同点で迎えた7回表に、N.ソトのソロホームランで1点を勝ち越してはいた。
 だが、安泰のリードではない。

 前々日は、8回、逆転に成功した直後に再逆転を許した。
 前日は3点差を追いつかれ、9回、押し出しのサヨナラ負け。

 見えない霧は、神宮球場のグラウンドにしぶとく漂う。ソトの一発に続いて訪れたノーアウト満塁のチャンスが追加点のないまま2アウト満塁になった時、霧は濃くなり、青い衣を重く湿らせるかに思われた。

 打順は9番。代打に佐野恵太。

 ネクストバッターズサークルに入った神里和毅は、打席へ向かって歩く佐野の背中を見つめながら、感じる。

「落ち着いている。何かやってくれそうだな」

 足元の土をならして佐野は構える。初球、147kmの速さで捕手のミットに向かっていたはずの白球は、乾いた音がした時にはもう投手の頭上を通過していた。センター後方のフェンスを悠々と越え、打った本人は足取り軽くダイヤモンドを一周した。

 稀な記録として書き残しておかねばなるまい。
4月4日、それまでの4打点に4打点を加える満塁弾で、今シーズンの代打成績を4打数4安打とした24歳の背番号は「44」。

 佐野は笑顔で振り返る。

「運気があるのかなって。はっきり言って、自分でもビックリです」

代打の心得をひたすら聞いて回った。

 3月29日の開幕戦、「むちゃくちゃ緊張していた」今シーズン初打席でいきなりレフトオーバーの2点タイムリーツーベース。
 3月31日は、三遊間を破って「打てるかもしれない」の予感を現実のものとするサヨナラヒット。
 4月2日はセンター前に同点打を弾き返し、いよいよ「運がある」と感じ始めた。

 打球の行方はさまざまな要因に左右される。もちろん「運」も含まれるが、それがすべてではあり得ない。
 4つの殊勲打はすべて、センターからレフト、左打者にとってのいわゆる逆方向の打球だった。真ん中から外角のコースの球に逆らわずバットを出せたことについて、佐野は言う。

「練習では幅広くヒットが打てるように意識しています。去年は8割ぐらいの打球はセンターから右だったと思う。逆方向の打球を出せるようになったのは、一歩……いや半歩ぐらいはバッティングが上達したのかなって感じます

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 新人だった2017年から、A.ラミレス監督に打力を高く評価され、代打としての出場機会を多く得てきた。
「1年目、2年目の時は『打ちたい、打ちたい』って気持ちばかりが先行して」、せっかくのチャンスをふいにするたび「(そんな自分が)イヤになってました」。

 佐野は代打の心得を先輩たちにひたすら聞いて回った。中川大志、梶谷隆幸、宮﨑敏郎、筒香嘉智、乙坂智、ゴメスことG後藤武敏……。ちょっと思い返しただけでも、たくさんの顔が浮かぶ。

 結果への欲に囚われていた佐野の心を軽くしたのは、下園辰哉の言葉だった。
 キャリア終盤、代打で勝負強さを発揮した下園は2017年に引退。現役最後の1年は、佐野のルーキーイヤーと重なっている。

「代打なんだから、そんな簡単には打てないよ。打てなくても仕方がない。それくらいの気持ちでいたほうがいい」

 佐野が振り返る。

「無責任みたいに思われてしまうかもしれないけど、背負い込み過ぎていた自分としては、ちょっと余裕が持てました。代打の難しさを知っている左バッターの下園さんと1年間いっしょにプレーできて、そういう話をしてもらえたのは本当によかった」

 もう一つ、忘れがたいのは中川と過ごした時間である。
 佐野はプロ初本塁打を放つなど結果を残し始めた昨年6月、中川の言葉を思い出していた。

「苦しい時にバットを振れば、それは必ず返ってくる」

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 いま、代打で次々と快音を響かせて、その意味を再び噛みしめる。

「今年の春季キャンプ、ぼくと大志さんはファームでのスタート。全体練習が終わってから日が落ちるまで、ずっといっしょに振り込みました。一軍との紅白戦で2人とも打てなくて、『こんだけ振っても打てないんだな』って話したり……。でも、こうやって結果が出た。大志さんも打ってますし(ファームで打率.404をマーク)、あの時に振り込んでおいてよかったなって思います」

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刺激し合う、1994年生まれの2人。

 佐野は「落ち着いて打席に入れているところがこれまでと明らかに変わった」と、好調の要因を自己分析する。
 その“変化”をよく感じているのが神里和毅だ。佐野の立ち姿からは、落ち着きと自信がにじみ出ているという。

 佐野は神里について「リスペクトしているし、神里さんもしてくれてると思う」と言い、神里は佐野について「いちばん仲のいいチームメイトであり、ライバル。いっしょにいて楽なんです」と話す。学年は神里が1つ上だが、同じ1994年生まれ。昨シーズンは佐野の車に同乗して寮と球場を行き来した同世代の2人は、軽口をたたき合いながらも、互いを刺激してきた。

 開幕スタメンを逃した神里は、試合中、ベンチ裏で途中出場に備えながら、佐野といろいろな言葉を交わしていたという。
「試合展開を予想しながら『こうなったらお前の出番だな』とか、『今日の主審はちょっと広いぞ』とか。佐野が代打でよく打っていたので、『どうやって打ってんの?』ということも聞いたりしてますね」

 勝負どころで打席に送り出され、必ず戦果を持ち帰ってくる佐野の活躍は、友人として単純に「うれしかった」。同時に湧き上がるのは「ぼくもやらないと」の思い。佐野の姿を見習って、始めたことが一つある。

「佐野は、全体練習の前も、試合の後も、室内でバッティング練習をしている。ぼくはストレッチぐらいしかやっていなかったけど、今年からはバッティング練習をするようになって、それを続けていこうと思っています」

 ルーキーだった昨年、夏までは悪くないシーズンを送っていた。しかし、死球を受けた右足甲を骨折し、不完全燃焼のまま終わらざるを得なかった。

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 俊足の軍神、韋駄天は、自慢の足を動かせなくなって消沈した。寮の自室で一人、「どうやったらもっと打てるんだろう」と考えながら、座ったままバットを握った。

 故障が癒え、2年目の今シーズンはオープン戦の序盤まではよかった。ところが、3月に入ったころから不振に陥る。
 あの時、神里に何が起こっていたのだろう。

「こうしよう、ああしようといろいろ考えながら打席に入っていたら、ちょっとわからなくなってきて。『おれ、どうやって打ってたんだっけ』って」

 キャンプで、打撃コーチの坪井智哉からアドバイスを受けていた。
「始動のタイミングを早く。体重は後ろに残し過ぎず、前に行くぐらいの気持ち。体を開かず、バットは横振りではなく縦振りの意識で」

 その教えが体になじみ始めたのは、開幕直前、ファームの試合に参加していたころだった。「あ、こういう感じだったな」と感触が甦り、復調の手ごたえとともに開幕の日を迎えた。

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 4月4日、佐野が満塁ホームランを放つ試合で、神里は今シーズン初めてのスタメン入り。翌5日のジャイアンツ戦では、菅野智之と相対した。
 第1打席、いきなりライト前にクリーンヒットを放つ。神里が振り返る。

結果を求めないように、と考えていました。求めてしまうと、力みが出るので。バットの出し方も含めて、坪井さんに言われて取り組んできたことがいい形で出せました。ここ最近では、いちばんよかった」

 敗れはしたが、この一戦を境に、神里のギアは上がる。
「突っ込むぐらいでちょうどいい」感覚がぴたりとはまり、6日、第1打席で澤村拓一の150kmを右中間へのツーベースとすると、第4打席でも2打点付きのツーベースを放ってみせた。さらに7日にも複数安打をマーク。凡退に終わった打席でさえ、ライトへのライナーにピッチャーライナーと、鋭い当たりを連発した。

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スタートの感覚は去年よりも全然いい。

 チームが待望していたリードオフマンの一番手に名乗りをあげた神里は言う。

「開幕戦でスタメン入りできなかったことは悔しかったけど、シーズンは143試合あるので、ここから全試合出られるようにがんばりたい。1番打者として、できるだけ出塁して、盗塁する。スタートの感覚は去年よりも全然いいので、試合にずっと出られれば30盗塁はしたいなと思っています

 一方、代打の切り札となった佐野は、いまの役割がすべてだとは考えていない。

「“代打の神様”みたいに言われることはもちろんうれしいし、自分がそんなふうに言ってもらえるなんて去年の自分からは想像もつかないこと。でも、スタメンで出たいという気持ちで毎日練習していますし、球場に来る時は『今日はスタメンに名前が入ってるかな』って考えるんです。そうじゃないと、いざスタメンになった時に気持ちの準備ができてないってことになるので。メンバー表に名前がなければ、その時点で切り替える。『代打で打ってやるぞ』と切り替えるんです」

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 開幕3カードを終えて、チームは5勝4敗と勝ち越した。選手それぞれが自身の役割をこなし、6連勝と波に乗っていたジャイアンツにも連勝した。

 運は桜のようなもの。盛りの時期は長くない。
 春夏秋と続くシーズン、たしかな戦力であり続けるために。
 大切なのは、ここからだ。