1949

1949年 11月22日
野球興行を目的としてまるは大洋球団を下関市大和町4に設立
1949年 12月15日
セントラル・リーグに加盟
1950年
渡辺大陸総監督・中島治康監督/5位 69勝68敗3分
1950年 3月10日
セントラル・リーグ開幕初試合は下関球場での国鉄戦。今西錬太郎の好投により2-0で勝利
1950年 3月14日
長持栄吉が松竹1回戦(八幡大谷)でチーム初本塁打
1950年 3月16日
社名を株式会社大洋球団に変更
1950年 3月23日
門前真佐人が松竹2回戦(後楽園)でチーム初の満塁本塁打
1950年 9月28日
阪神19回戦(日生)で大沢清、藤井勇、平山菊二、門前真佐人が4者連続本塁打
1950年 10月17日
中日14回戦(草薙)でゲーム28安打を記録
1951年
渡辺大陸総監督・中島治康監督・有馬義一監督/6位 40勝64敗4分
1952年
小西得郎監督/4位 58勝62敗
1952年 5月7日
宮崎剛が国鉄6回戦(下諏訪)で安打を放ち24試合連続安打を記録
1952年 5月18日
国鉄9、10回戦(後楽園)に連勝し、10試合以降では初めて首位に立つ
1953年
小西得郎監督/5位 52勝77敗1分
1953年 1月10日
松竹ロビンスと合併。社名を株式会社大洋松竹球団と称した(登記上は1953年12月16日株式会社大洋球団を解散し、同日株式会社大洋松竹球団を設立)
1953年 2月7日
チーム名を「大洋松竹ロビンス」に改称し、総監督は新田恭一、監督は小西得郎に決定
1953年 5月3日
目時春雄が巨人6回戦(大阪)でチーム初のサヨナラ本塁打

【表彰選手】
最優秀新人: 権藤正利(15勝12敗)
1954年
永沢武夫監督/6位 32勝96敗2分
1954年 4月27日
青田昇が巨人6回戦(西京極)でチーム初の満塁サヨナラ本塁打
1954年 12月12日
松竹が大洋松竹球団の経営から撤退したため、大洋漁業の単独経営となる

【表彰選手】
最多本塁打: 青田昇(31本塁打)
1955年
藤井勇監督/6位 31勝99敗
1955年 2月15日
横浜市へのフランチャイズ移動が承認される
1955年 4月15日
社名を株式会社大洋球団に変更。事務所を川崎市富士見町180に移転
1956年
迫畑正巳監督/6位 43勝87敗
1956年 1月25日
秋山登、土井淳、沖山光利ら明大5人組の入団を発表

【表彰選手】
最優秀新人: 秋山登(25勝25敗)
最多本塁打: 青田昇(25本塁打)
ベストナイン(外野手): 青田昇
1957年
迫畑正巳監督/6位 52勝74敗4分
1957年 7月7日
権藤正利が巨人12回戦(後楽園)で完封勝利し55年7月9日からの連敗を28で止める
1957年 8月29日
引地信之が巨人20回戦(後楽園)で708試合連続出場。翌日欠場しストップ(チーム記録・当時)

【表彰選手】
最多奪三振: 秋山登(312奪三振)
最多本塁打: 青田昇(22本塁打)
ベストナイン(外野手): 青田昇
1958年
迫畑正巳監督/6位 51勝73敗6分
1958年 6月1日
国鉄8回戦(川崎)でゲーム7本塁打のチーム新記録(当時)
1959年
森茂雄監督/6位 49勝77敗4分
1959年 9月27日
桑田武が阪神20回戦(川崎)で30号本塁打を放ち、前年の長嶋茂雄(巨人)が記録した新人本塁打記録を更新、また4試合連続本塁打のチームタイ記録(当時)

【表彰選手】
最優秀新人: 桑田武(31本塁打)
最多本塁打: 桑田武(31本塁打)

1960

1960年
三原脩監督/1位 70勝56敗4分
1960年 7月3日
広島14回戦(広島)でチームタイ記録の8連勝(1分け挟む)。これで開幕以来初めての首位に
1960年 8月11日
島田源太郎が阪神20回戦(川崎)で完全試合を達成(20歳は最年少記録)。チームは7日の国鉄19回戦から4試合連続完封勝利
1960年 10月2日
球団結成以来、セントラル・リーグで初優勝
1960年 10月15日
日本シリーズ第4戦で大毎に1対0で勝利し、4連勝で日本一に。前年最下位からの日本一は史上初

【表彰選手】
最優秀選手: 秋山登(21勝10敗)
最優秀防御率投手: 秋山登(防御率1.75)
最優秀勝率: 秋山登(勝率.677)
ベストナイン(投手): 秋山登
ベストナイン(捕手): 土井淳
ベストナイン(一塁手): 近藤和彦
1961年
三原脩監督/6位 50勝75敗5分
1961年 10月13日
球団初の海外遠征でハワイへ渡る

【表彰選手】
最多打点: 桑田武(94打点)
最多盗塁: 近藤和彦(35盗塁)
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
1962年
三原脩監督/2位 71勝59敗4分
1962年 9月26日
秋山登が阪神26回戦(川崎)で前日の同カードに続き、2日連続完封。7試合を残して首位に立つも、その後、連敗して阪神に逆転優勝される

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
1963年
三原脩監督/5位 59勝79敗2分
1963年 7月22日
近藤和彦がオールスター第1戦(後楽園)でサヨナラ2ランを放ち、球団史上初のオールスターMVP
1963年 8月27日
稲川誠が巨人20回戦(後楽園)で4連続完投勝利のチーム新記録
1963年 11月1日
日韓親善野球のために東映と共に韓国へ遠征する

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
1964年
三原脩監督/2位 80勝58敗2分
1964年 5月27日
ファームが東映二軍と共に韓国へ遠征しイースタン・リーグ公式戦を行う
1964年 6月23日
広島14回戦(川崎)でチーム初の10連勝

【表彰選手】
最優秀新人: 高橋重行(17勝11敗)
最多安打: 桑田武(161安打)
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
ベストナイン(外野手): 重松省三
1965年
三原脩監督/4位 68勝70敗2分
1965年 10月10日
秋山登が阪神26回戦(川崎)で通算600試合登板を達成

【表彰選手】
最多安打: 近藤和彦(152安打)
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
1966年
三原脩監督・宮崎剛監督代行/5位 52勝78敗
1966年 5月1日
佐々木吉郎が広島6回戦(広島)で完全試合を達成
1967年
三原脩監督・別当薫監督代行/4位 59勝71敗5分
1967年 8月10日
平松政次と契約し、入団発表を行う
1967年 8月20日
平松政次がサンケイ20回戦(仙台)でプロ初勝利を完封で飾る

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): 近藤和彦
1968年
別当薫監督/5位 59勝71敗3分
1968年 6月13日
長田幸雄が巨人9回戦(川崎)で5試合連続本塁打のセ・リーグ新記録(当時)

【表彰選手】
最優秀勝率: 島田源太郎(勝率.700)
1969年
別当薫監督/3位 61勝61敗8分
1969年 9月6日
平松政次が広島21回戦(県営宮城)の11回まで33回1/3イニング連続無失点のチーム新記録(当時)

1970

1970年
別当薫監督/3位 69勝57敗4分
1970年 6月9日
鬼頭洋がヤクルト5回戦(川崎)でノーヒットノーランを達成

【表彰選手】
最優秀投手: 平松政次(25勝19敗)
最多勝利: 平松政次(25勝)
ベストナイン(投手): 平松政次
ベストナイン(外野手): 江尻亮
1971年
別当薫監督/3位 61勝59敗10分

【表彰選手】
最優秀投手: 平松政次(17勝13敗)
最優秀勝率: 坂井勝二(勝率.692)
最多勝利: 平松政次(17勝)
ベストナイン(投手): 平松政次
1972年
別当薫監督・青田昇監督代行・宮崎剛監督代行/5位 57勝69敗4分

【表彰選手】
ベストナイン(二塁手): J.シピン
1973年
青田昇監督/5位 60勝64敗6分

【表彰選手】
ベストナイン(二塁手): J.シピン
ベストナイン(外野手): 江尻亮
1974年
宮崎剛監督/5位 55勝69敗6分
1974年 4月22日
阪神4回戦(川崎)でチーム新記録の8本塁打を放つ

【表彰選手】
最多安打: 松原誠(157安打)
最多盗塁: 中塚政幸(28盗塁)
1975年
秋山登監督/5位 51勝69敗10分
1976年
秋山登監督/6位 45勝78敗7分
1976年 6月2日
松原誠が阪神8回戦(川崎)で前日から4打席連続本塁打のプロ野球タイ記録
1976年 7月6日
平松政次がヤクルト14回戦(川崎)で投手としては初の3試合連続本塁打
1977年
別当薫監督/6位 51勝68敗11分
1977年 8月2日
横田茂平球団社長が伊藤三郎川崎市長に1978年から横浜へ移転することを正式に伝える
1977年 11月9日
翌年からチーム名を「横浜大洋ホエールズ」とすることを発表
1977年 12月22日
横浜スタジアムを本拠地球場とすることが正式決定する

【表彰選手】
最優秀新人: 斉藤明雄(8勝9敗)
1978年
別当薫監督/4位 64勝57敗9分
1978年 1月17日
横浜大洋ホエールズのユニフォームがお披露目される
1978年 2月13日
新しいペットマーク(のちのマリン君)を発表
1978年 4月4日
横浜スタジアムのオープニングゲーム(巨人1回戦)が行われ、4対1で勝利
1978年 7月6日
松原誠がヤクルト13回戦(横浜)で通算300号本塁打を達成
1978年 12月18日
東京都中央区京橋にある球団事務所を翌年3月中に横浜市中区真砂町に移転することを発表

【表彰選手】
最多勝利: 野村収(17勝)
最多奪三振: 斉藤明雄(162奪三振)
最多安打: 松原誠(164安打)
1979年
別当薫監督/2位 59勝54敗17分
1979年 3月20日
球団事務所を東京・京橋から横浜市中区真砂町4-43に移転。3月22日から業務開始
1979年 10月15日
斉藤明雄が阪神24回戦(横浜)で4連続完投勝利のチームタイ記録
1979年 10月29日
新合宿所が横浜市保土ヶ谷区今井町に完成し、川崎市中原区等々力から引っ越す

【表彰選手】
最優秀防御率: 平松政次(防御率2.39)
首位打者: F.ミヤーン(打率.346)
ベストナイン(二塁手): F.ミヤーン

1980

1980年
土井淳監督/4位 59勝62敗9分
1980年 2月9日
球団史上初の海外キャンプを米国アリゾナ州メサで行う
1980年 4月3日
横浜市戸塚区品濃町に完成した大洋球場の披露式を行う
1980年 4月23日
松原誠が阪神4回戦(横浜)で通算2000本安打を達成
1980年 12月1日
松原誠が古賀正明との交換トレードで巨人へ移籍

【表彰選手】
ベストナイン(二塁手): 基満男
1981年
土井淳監督・山根俊英監督代行/6位 42勝80敗8分

【表彰選手】
ベストナイン(遊撃手): 山下大輔
1982年
関根潤三監督/5位 53勝65敗12分
1982年 5月22日
斉藤明夫が中日6回戦(仙台)でプロ野球新記録(当時)となる8試合連続セーブを記録
1982年 5月23日
長崎啓二が中日7回戦(仙台)でプロ野球史上12人目、チームでは1954年4月27日の青田昇以来となる逆転満塁サヨナラ本塁打を放つ
1982年 10月16日
ファームが巨人15回戦(巨人多摩川)で巨人を降し、イースタン・リーグで7年ぶり3度目の優勝を飾る
1982年 10月17日
斉藤明夫が中日25回戦(横浜)でセ・リーグ新記録(当時)のシーズン30セーブを達成
1982年 10月18日
斉藤明夫が最優秀防御率投手、長崎啓二が首位打者に輝く

【表彰選手】
最優秀防御率: 斉藤明夫(防御率2.07)
首位打者: 長崎啓二(打率.351)
ベストナイン(外野手): 長崎啓二
1983年
関根潤三監督/3位 61勝61敗8分
1983年 6月12日
山下大輔が広島9回戦(札幌円山)の第4打席で8打数連続安打のチームタイ記録(当時)、11打席連続出塁のチーム新記録(当時)
1983年 10月20日
遠藤一彦が阪神26回戦(横浜)で12連勝のチーム新記録
1983年 10月21日
平松政次が巨人25回戦(後楽園)で通算200勝利を達成
【表彰選手】
最優秀投手: 遠藤一彦(18勝9敗)
最多勝利: 遠藤一彦(18勝)
最優秀救援: 斉藤明夫(32セーブポイント)
最多奪三振: 遠藤一彦(186奪三振)
ベストナイン(投手): 遠藤一彦
1984年
関根潤三監督/6位 46勝77敗7分
1984年 10月13日
シーズン最終戦のヤクルト戦(横浜)に先発登板した遠藤一彦が17勝目を挙げ、2年連続最多勝を獲得。引退を決めている平松政次と辻恭彦が9回二死にバッテリーを組んで出場し、プロ生活に別れを告げた。

【表彰選手】
最多勝利: 遠藤一彦(17勝)
最多奪三振: 遠藤一彦(208奪三振)
最多盗塁: 高木豊(56盗塁)
1985年
近藤貞雄監督/4位 57勝61敗12分
1985年 3月31日
1980年より使用してきた大洋球場を閉鎖。合宿所は横須賀市日の出町に移転し、ファームの練習は平塚球場で行う
1985年 8月10日
レオンが広島18回戦(横浜)で満塁を含むゲーム3本塁打で10打点のセ・リーグ新記録
1985年 11月28日
横須賀市長浦町の大洋漁業横須賀工場跡地で「横浜大洋ホエールズ総合練習場」の起工式が行われる。

【表彰選手】
ベストナイン(遊撃手): 高木豊
1986年
近藤貞雄監督/4位 56勝69敗5分

【表彰選手】
最優秀救援: 斉藤明夫(28セーブポイント)
最多奪三振: 遠藤一彦(185奪三振)
最多盗塁: 屋鋪要(48盗塁)
1987年
古葉竹識監督/5位 56勝68敗6分
1987年 3月27日
横須賀市長浦町に建設中だった「横浜大洋ホエールズ総合練習場」の落成式が行われる
1987年 5月30日
イースタン・リーグ日本ハム5回戦(平塚)で増本宏が完全試合を達成

【表彰選手】
最多打点: C.ポンセ(98打点)
最多安打: C.ポンセ(159安打)
最多盗塁: 屋鋪要(48盗塁)
ベストナイン(外野手): C.ポンセ
1988年
古葉竹識監督/4位 59勝67敗4分
1988年 4月6日
山下大輔が引退発表
1988年 10月2日
野村弘が広島24回戦(横浜)でセ・リーグ史上8人目の初登板完封勝利。無四死球での達成は42年ぶり

【表彰選手】
最多安打: J.パチョレック(165安打)
最多本塁打: C.ポンセ(33本塁打)
最多打点: C.ポンセ(102打点)
最多盗塁: 屋鋪要(33盗塁)
ベストナイン(外野手): C.ポンセ
ベストナイン(外野手): J.パチョレック
1989年
古葉竹識監督/6位 47勝80敗3分

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): 山崎賢一

1990

1990年
須藤豊監督/3位 64勝66敗3分
1990年 5月6日
阪神6回戦(横浜)は11対12で敗れるが、9回の試合では5時間10分の最長時間を記録(当時)
1990年 8月4日
中日17回戦(横浜)は延長15回、6対5でサヨナラ勝ちし、5時間51分の日本最長試合(当時)を記録

【表彰選手】
首位打者: J.パチョレック(打率.326)
最多安打: J.パチョレック(172安打)
ベストナイン(二塁手): 高木豊
ベストナイン(外野手): J.パチョレック
1991年
須藤豊監督/5位 64勝66敗1分
1991年 8月4日
レイノルズがヤクルト19回戦(横浜)の第2打席で11打数(11打席)連続安打の日本新記録。11打席連続出塁のチームタイ記録(当時)
1991年 10月10日
田代富雄が阪神26回戦(横浜)でプロ最終打席となった3回に満塁本塁打を放つ

【表彰選手】
ベストナイン(二塁手): 高木豊
ベストナイン(外野手): R.J.レイノルズ
1992年
須藤豊監督・江尻亮監督/5位 61勝69敗1分
1992年 10月4日
遠藤一彦が引退を表明
1992年 11月11日
チーム名を「横浜ベイスターズ」に改称。

【表彰選手】
最優秀防御率: 盛田幸妃(防御率2.05)
最優秀救援: 佐々木主浩(33セーブポイント)
最多打点: L.シーツ(100打点)
ベストナイン(外野手): L.シーツ
1993年
近藤昭仁監督/5位 57勝73敗
1993年 4月1日
社名を株式会社横浜ベイスターズに変更。
1993年 7月15日
ブラッグスがヤクルト15回戦(神宮)で29試合連続安打のチーム記録
1993年 10月16日
斉藤明夫が引退を発表
1993年 10月20日
斉藤明夫が中日26回戦(横浜)で通算600試合登板を達成

【表彰選手】
最多勝利: 野村弘樹(17勝)
最多打点: R.ローズ(94打点)
最多盗塁: 石井琢朗(24盗塁)
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
1994年
近藤昭仁監督/6位 61勝69敗

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): G.ブラッグス
1995年
近藤昭仁監督/4位 66勝64敗

【表彰選手】
最多セーブ: 佐々木主浩(39セーブ)
最優秀救援: 佐々木主浩(39セーブポイント)
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
1996年
大矢明彦監督/5位 55勝75敗

【表彰選手】
最多セーブ: 佐々木主浩(25セーブ)
最優秀救援: 佐々木主浩(29セーブポイント)
最多奪三振: 斎藤隆(206奪三振)
1997年
大矢明彦監督/2位 72勝63敗
1997年 8月31日
佐々木主浩が阪神20回戦(甲子園)で16連続セーブの日本記録、また、チームは月間20勝を記録(球団記録)
1997年 10月5日
佐々木主浩が中日26回戦(横浜)で38セーブを挙げ、シーズン記録を更新

【表彰選手】
最優秀救援: 佐々木主浩(41セーブポイント)
最優秀中継ぎ: 島田直也(24.75リリーフポイント)
首位打者: 鈴木尚典(打率.335)
最高出塁率: R.ローズ(出塁率.444)
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
ベストナイン(遊撃手): 石井琢朗
ベストナイン(外野手): 鈴木尚典
1998年
権藤博監督/1位 79勝56敗1分
1998年 6月4日
佐々木主浩が巨人12回戦(東京D)で通算217セーブポイントの日本新記録
1998年 6月30日
佐々木主浩が広島14回戦(横浜)で22連続セーブの日本記録。この試合まで開幕から24試合、26イニング連続無失点
1998年 8月5日
佐々木主浩が阪神20回戦(横浜)で通算194セーブの日本新記録(当時)
1998年 10月8日
阪神27回戦(甲子園)に4対3で勝利し、38年ぶり2度目のリーグ優勝この試合で佐々木主浩は45セーブ、46セーブポイントの日本新記録を樹立
1998年 10月26日
日本シリーズで西武を2対1で破り、4勝2敗で38年ぶり2度目の日本一に

【表彰選手】
最優秀選手: 佐々木主浩(1勝1敗45セーブ)
最優秀投手: 佐々木主浩(1勝1敗45セーブ)
最多セーブ: 佐々木主浩(45セーブ)
最優秀救援: 佐々木主浩(46セーブポイント)
首位打者: 鈴木尚典(打率.337)
最多安打: 石井琢朗(174安打)
最多盗塁: 石井琢朗(39盗塁)
ベストナイン(投手): 佐々木主浩
ベストナイン(捕手): 谷繁元信
ベストナイン(一塁手): 駒田徳広
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
ベストナイン(遊撃手): 石井琢朗
ベストナイン(外野手): 鈴木尚典
1999年
権藤博監督/3位 71勝64敗
1999年 6月30日
ローズが広島11回戦(富山)で史上初の3度目のサイクル安打を達成
1999年 7月17日
駒田徳広が中日17回戦(ナゴヤD)を欠場し、1994年4月9日対中日1回戦(ナゴヤ)から続いていた連続試合出場が前日までの738試合で止まる(球団記録)
1999年 7月22日
石井琢朗がヤクルト17回戦(横浜)でゲーム6得点の日本タイ記録。またローズがゲーム10打点の日本タイ記録
1999年 10月14日
二軍のチーム名を翌年から「湘南シーレックス」に変更する届けをリーグに提出

【表彰選手】
首位打者: R.ローズ(打率.369)
最多安打: R.ローズ(192安打)
最多打点: R.ローズ(153打点)
最多盗塁: 石井琢朗(35盗塁)
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
ベストナイン(遊撃手): 石井琢朗

2000

2000年
権藤博監督/3位 69勝66敗1分
2000年 9月6日
駒田徳広が中日22回戦(ナゴヤD)で通算2000本安打を達成

【表彰選手】
首位打者: 金城龍彦(打率.346)
最優秀新人: 金城龍彦(打率.346)
最多安打: R.ローズ(168安打)
ベストナイン(二塁手): R.ローズ
ベストナイン(遊撃手): 石井琢朗
2001年
森祗晶監督/3位 69勝67敗4分

【表彰選手】
最優秀中継ぎ: 木塚敦志(28.40リリーフポイント)
最多安打: 石井琢朗(171安打)
ベストナイン(遊撃手): 石井琢朗
2002年
森祗晶監督・黒江透修監督代行/6位 49勝86敗5分
2002年 1月31日
オーナー会社がマルハ株式会社(現・株式会社マルハニチロホールディングス)から株式会社東京放送(現・株式会社東京放送ホールディングス)に変更
2003年
山下大輔監督/6位 45勝94敗1分
2003年 7月18日
小田嶋正邦が巨人18回戦(横浜)で11回に代打満塁サヨナラ本塁打を放つ
2003年 9月26日
村田修一が広島27回戦(広島)で9月10本目の本塁打を放ち、新人月間本塁打の新記録を樹立
2003年 10月3日
T.ウッズが中日26回戦(横浜)で球団史上初のシーズン40本塁打

【表彰選手】
最多本塁打: T.ウッズ(40本塁打)
2004年
山下大輔監督/6位 59勝76敗3分

【表彰選手】
最多本塁打: T.ウッズ(45本塁打)
ベストナイン(一塁手): T.ウッズ
2005年
牛島和彦監督/3位 69勝70敗7分
2005年 4月14日
佐々木主浩がヤクルト2回戦(横浜)で通算250セーブを達成
2005年 7月19日
クルーンが阪神11回戦(甲子園)で161km/hのプロ野球最速(当時)を記録
2005年 8月7日
佐々木主浩が2005年シーズン限りで現役引退することを発表
【表彰選手】
最優秀防御率: 三浦大輔(防御率2.52)
最多奪三振: 三浦大輔(177奪三振)
最多奪三振: 門倉健(177奪三振)
2006年
牛島和彦監督/6位 58勝84敗4分
2006年 5月11日
石井琢朗が楽天3回戦(横浜)で通算2000本安打を達成
2006年 8月12日
石井琢朗がヤクルト12回戦(横浜)で球団新記録となる通算2082安打を放つ

【表彰選手】
最優秀中継ぎ: 加藤武治(35ホールドポイント)
2007年
大矢明彦監督/4位 71勝72敗1分
2007年 6月30日
三浦大輔が阪神11回戦(横浜)の4回まで35イニング連続無失点のチーム新記録

【表彰選手】
最多本塁打: 村田修一(36本塁打)
2008年
大矢明彦監督/6位 48勝94敗2分
2008年 4月1日
工藤公康がヤクルト1回戦(横浜)で先発し、プロ野球新記録(当時)の実働27年
2008年 10月12日
内川聖一が首位打者を獲得。打率.378は右打者史上最高記録

【表彰選手】
首位打者: 内川聖一(打率.378)
最多安打: 石井琢朗(189安打)
最多本塁打: 村田修一(46本塁打)
最高出塁率: 内川聖一(出塁率.416)
ベストナイン(一塁手): 内川聖一
ベストナイン(三塁手): 村田修一
2009年
大矢明彦監督・田代富雄監督代行/6位 51勝93敗

【表彰選手】
ベストナイン(外野手): 内川聖一

2010

2010年
尾花髙夫監督/6位 48勝95敗1分
2010年 8月19日
ファームチームの名称「湘南シーレックス」をイースタン・リーグ公式戦全日程終了をもって「横浜ベイスターズ」に統一することを発表
2011年
尾花髙夫監督/6位 47勝86敗11分
2011年 12月2日
オーナー会社が株式会社東京放送ホールディングスから株式会社ディー・エヌ・エーに変更。社名を株式会社横浜DeNAベイスターズに、球団名を「横浜DeNAベイスターズ」に変更。
2012年
中畑清監督/6位 46勝85敗13分
2012年 11月26日
コミュニティボールパーク化構想を発表
2013年
中畑清監督/5位 64勝79敗1分
2013年 4月6日
ラミレスがヤクルト2回戦(神宮)で通算2000本安打を達成
2013年 5月5日
中村紀洋が中日9回戦(ナゴヤD)で通算2000本安打を達成
2013年 8月31日
ヤクルト18回戦(神宮)でシーズン3度目となる7点差逆転勝利を飾る

【表彰選手】
首位打者: T.ブランコ(打率.333)
最多打点: T.ブランコ(136打点)
ベストナイン(一塁手): T.ブランコ
2014年
中畑清監督/5位 67勝75敗2分
2014年 3月
まちづくりプロジェクト「I☆YOKOHAMA」を発表
2014年 5月10日
ヤクルト7回戦(横浜)に勝利し、横浜スタジアム通算1000勝を達成
2014年 5月31日
ロッテ1回戦(QVCマリン)で乙坂智が球団初のプロ初打席代打本塁打を記録

【表彰選手】
最多盗塁: 梶谷隆幸(39盗塁)
2015年
中畑清監督/6位 62勝80敗1分
2015年 5月5日
ヤクルト8回戦(横浜)で三浦大輔が右投手ではプロ野球記録となる23年連続勝利を記録
2015年 7月12日
ヤクルト15回戦(神宮)で三浦大輔が球団新記録の先発167勝を記録
2015年 8月20日
ヤクルト21回戦(横浜)で山﨑康晃が32セーブ目を挙げ新人最多セーブの新記録を達成

【表彰選手】
最優秀新人: 山﨑康晃(2勝4敗37セーブ)
ベストナイン(外野手): 筒香嘉智
2016年
アレックス・ラミレス監督/3位 69勝71敗3分
2016年 1月28日
株式公開買付けの終了に伴い株式会社横浜スタジアムを株式会社ディー・エヌ・エーの連結子会社に異動
2016年 4月27日
ファームの練習拠点を横須賀市夏島町の追浜公園内に全面移転することを盛り込んだ基本協定を横須賀市と締結
2016年 7月11日
中日12回戦(横浜)で三浦大輔が歴代4位タイの24年連続安打を記録
2016年 7月22日
巨人15回戦(横浜)で筒香嘉智がプロ野球史上初の3戦連続マルチ本塁打を記録
2016年 7月30日
広島16回戦(マツダ)で筒香嘉智が歴代2位タイ、日本人選手最多タイの月間16本塁打を記録
2016年 9月13日
ヤクルト22回戦(神宮)で筒香嘉智が球団の左打者初のシーズン40本塁打を放つ
2016年 9月19日
広島25回戦(横浜)に勝利し球団初のクライマックスシリーズ進出を決める
2016年 9月20日
三浦大輔が引退を表明
2016年 9月29日
ヤクルト25回戦(横浜)で三浦大輔が現役最終登板。全選手が三浦の背番号18を付けて戦う
【表彰選手】
最多本塁打: 筒香嘉智(44本塁打)
最多打点: 筒香嘉智(110打点)
ベストナイン(外野手): 筒香嘉智
2017年
アレックス・ラミレス監督/3位 73勝65敗5分
2017年 1月12日
横浜スポーツタウン構想を発表
2017年 3月10日
横浜市、球団、ディー・エヌ・エー、球場の4者でスポーツ振興、地域経済活性化等を目的とした包括連携協定「I☆YOKOHAMA協定」を締結
2017年 3月15日
横浜スタジアムの増築・改修計画を株式会社横浜スタジアムと連名で横浜市に提出。11月に工事着工
2017年 3月18日
横浜市中区日本大通りでTHE BAYSを開業
2017年 8月22日
広島18回戦(横浜)の9回に筒香嘉智、ロペス、宮﨑敏郎の3者連続本塁打でサヨナラ勝利。3連発でのサヨナラ勝利は史上初
2017年 8月24日
広島20回戦(横浜)をサヨナラ勝利し、球団史上初の同一カード3連戦3戦連続のサヨナラ勝利
2017年 10月1日
広島25回戦(横浜)に勝利し2年連続クライマックスシリーズ進出が決定。J.ウィーランドが球団の外国人投手では初の2ケタ勝利を挙げる
2017年 10月4日
中日25回戦(横浜)で濵口遥大が球団の新人左投手では1958年の鈴木隆以来59年ぶりの2ケタ勝利を記録
2017年 10月24日
クライマックスシリーズファイナルステージで広島を4勝1敗で降し、19年ぶりの日本シリーズ進出を決める
2017年 11月4日
パ・リーグチャンピオンのソフトバンクに2勝4敗で敗れ、3度目の日本一を逃す

【表彰選手】
首位打者: 宮﨑敏郎(打率.323)
最多安打: J.ロペス(171安打)
最多打点: J.ロペス(105打点)
ベストナイン(一塁手): J.ロペス
ベストナイン(三塁手): 宮﨑敏郎
ベストナイン(外野手): 筒香嘉智
2018年
アレックス・ラミレス監督/4位 67勝74敗2分
2018年 7月1日
イースタン・リーグ日本ハム14回戦(横須賀)で井納翔一がノーヒットノーランを達成
2018年 7月18日
オーストラリアのキャンベラ・キャルバリーと戦略的パートナーシップを締結
2018年 9月19日
巨人24回戦(東京D)で東克樹が巨人戦5戦5勝を記録
2018年 11月19日
横須賀市夏島町の追浜公園内に新設される練習施設の名称が「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA」に決定。球団、横須賀市、京急電鉄の3者でスポーツを核に追浜地区の活性化を目指す連結協定を締結。

【表彰選手】
最多セーブ: 山﨑康晃(37セーブ)
最多本塁打: N.ソト(41本塁打)
最優秀新人: 東克樹(11勝5敗)
ベストナイン(三塁手): 宮﨑敏郎
ベストナイン(外野手): N.ソト
2019年 3月14日
MLBのアリゾナ・ダイヤモンドバックスと戦略的パートナーシップを締結