私とベイスターズ supported by マルハニチロ

No.058

2019.11.08 fri

念願の「ベイスターズ復帰」を実現
「僕の経験を還元したい」

COLUMN by 多村 仁志

 主力として確固たる地位を築き上げていった多村は、2年連続の3割30本以上を記録し2006年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表として世界一に貢献するなどチームの顔となっていった。
 だが12年目を終えたとき、青天の霹靂ともいえる出来事が起こる。同年12月、福岡ソフトバンクホークスへのトレードが発表されたのだ。横浜高校出身の生え抜き選手の突然の流出にファンは衝撃を受ける。
「正直、わたしも驚いたというのが率直な感想ですね。このまま地元のベイスターズで現役生活を終えるんだろうなって思っていましたから。ホークスは常勝軍団、ましてや縁もゆかりもない福岡という土地。最初は不安ばかりでしたが、日米野球やWBCでお世話になった当時監督の王貞治さんから電話をいただいたり、WBCで一緒だったメンバーが快く迎えてくれたので、思ったよりもすんなりと馴染むことができました。
 ホークスでの選手生活はカルチャーショックの連続でした。まずは選手個々のトレーニングの量がすごかった。強いチームはここまでやるんだなと思ったし、わたしがその後長く現役をつづけることができたのも、ホークスで学んだことは大きかったと思います。
 そしてベイスターズとの最大の違いは、ひとつの勝利、ひとつの敗北に一喜一憂しなかったこと。ベイスターズ時代は負けるとロッカーがシーンとしていたし、移動のバスでは誰も会話をしなかった。けど、そうすると切り替えができず、連敗を重ねてしまう要因になっていたように思います。一方ホークスは勝っても負けても、試合が終われば普段どおり。パッと頭を切り替え選手一人ひとりが明日の試合へと準備をする。この差は大きいと感じたし、ベイスターズの外に出なければわからなかったでしょうね。
 ホークスではリーグ優勝など自分のキャリアにとって大きな経験ができましたが、11年に初めて日本一になったとき、僕の仕事は終わったなと感じたんです。同時にベイスターズに戻って、僕の経験を還元したいとの思いが湧いてきたんです」
 そんな願いが通じたのか、多村は13年に再びトレードによりベイスターズに戻ってくる。7年ぶりの横浜凱旋、当時チームはDeNA体制に代わって2年目のシーズン、以前いた時代とは異なる新しい歴史を刻んでいた。
 多村は4月11日の広島戦で殊勲打を放ちお立ち台に上がり「地元に戻りたいと思っていた」と語ると、5月10日の巨人戦では7点ビハインドの7回裏に代打から2点本塁打、そして9回裏には自身初となる逆転サヨナラホームランを放ち、ファンの大喝采を浴びた。

 のちにこの試合はDeNAにとって諦めない野球の代名詞のきっかけになった伝説の試合と語り草となっている。やはり多村にはブルーのピンストライプのユニフォームがよく似合う。
「戻って来たときは、かつて一緒にやっていた選手もごくわずかで、全然違うチームといった感じでした。DeNAに変わって感じたのは、IT系の企業なだけに新しいことをしようという姿勢、柔軟な考えが垣間見えたことです。例えば、契約形態しかり、逆にフロントから僕のホークス時代のファンサービスなどの経験を聞いてきたり、新たなものを吸収し変わろうとしていました。わたしとしてもグラウンドの中だけではなく、あらゆる面で力になりたいと思ったので、できるかぎり協力しました。
 しかし、1年目、2年目、3年目と年を追うごとに出番は少なくなっていきました。最後の年は、ほぼファームでの生活でしたが、当時ファームの監督だった山下さんが毎試合打席を用意してくれたのには感謝しています。僕は現役続行を目指していましたから。
 ファームの試合でも、見に来てくれるファンの方々がいるので、一本でもいい当たりを見せたいと必死でした。また若い選手たちと接することも楽しく張り合いがありました。遠征先で山下幸輝や関根大気をジムに連れて行き一緒にトレーニングすることもありましたね。若い選手が頑張っている姿を見ると嬉しくなるんですよ。
 15年のシーズンをもってわたしはチームを離れますが、最初の12年間、そして最後の3年間、本当に長い間お世話になったし、今の自分を作ってくれた場所だと感謝しています。
 たまに小池正晃コーチとも話すのですが、改めて思うのは、ベイスターズは新しいアイディアを試すことができる柔軟性のある球団になったということです。野球は常に変化していくものだし、アンテナを張っていないと取り残されてしまう。DeNAベイスターズが発信元となり、12球団で一番早く新しいことに取り組む球団になってもらいたいし、それが可能だと思っています。もっともっと強くなって、球界をリードする立場になれることをOBとして願っています」

(前編はこちら)

(取材・文=石塚隆)

PROFILE

多村 仁志

1977年3月28日生まれ。神奈川県出身。横浜高から94年ドラフト4位で入団。2003年に18本塁打を放って頭角を現すと、翌年に40本塁打で大ブレーク。06年のWBCでは本塁打と打点のチーム二冠で初代世界一に貢献した。同年オフにトレードでソフトバンクに移籍し、10年にはベストナインに輝きリーグ優勝、11年には日本一を達成。13年オフにトレードでDeNAに復帰したが、15年オフに戦力外となり育成契約で中日に入団。16年限りで現役を引退した。通算成績は1342試合、1162安打、195本塁打、643打点、打率.281。