私とベイスターズ supported by マルハニチロ

No.003

2019.03.22 fri

下関市民の “誇り”

COLUMN by 前田 晋太郎

 山口県下関市の前田晋太郎市長にとってベイスターズとホエールズは“おらが街の心のチーム”である。
「小学校低学年から近くの公園で野球をして、夜はナイター中継をかかさない少年時代を過ごしていました。小学校3~4年生のときは、全チームの選手の背番号を覚えていたぐらいプロ野球が大好きだったんです。中でも一番は、横浜大洋ホエールズ。地元下関発祥の球団ということは周りの人から聞いていましたが、当時はエースの遠藤一彦さんに抑えはヒゲの斉藤明夫さん、何と言っても屋鋪要さん、加藤博一さん、高木豊さんの“スーパーカートリオ”は格好良かった。あとポンセや田代富雄さんなど、個性的な選手が多くて大好きでしたね。強いチームではありませんでしたが、勝つときはとても豪快で子ども心に非常に魅力的なチームでした」
 その後、学業が忙しくなるなど大人になるにつれチームとの距離はできたというが、再び心に火が灯るきっかけとなったのが、2011年に下関市議会議員に初当選したときだった。
「地元に『横浜ベイスターズ下関ファン集いの会』という球団公式応援団があるのですが、議員として力を貸して欲しいという話があったんです。顧問に就任したのですが、そこからまたチームに対する熱い思いが強くなっていきました」
 1998年の日本一を契機に地元の有志で結成された『横浜ベイスターズ下関ファン集いの会』は、マツダスタジアム(広島市)やヤフオク!ドーム(福岡市)で開催される公式戦の応援、またベイスターズOBによる野球教室の支援などの活動をしている。

「老若男女問わず、幅広い世代の集まる応援団で、お正月には必ず地元の彦島八幡宮で必勝祈願の正式参拝を行っています。全員チームに対する愛情が深く、今回の凱旋はとても喜んでいました。公式戦が始まれば広島や福岡へ行くわけですが、私も応援団で旗を振っていたりしていたんですよ」
 時は流れベイスターズの影は街から薄くなる一方だと思っていたが、前田市長は応援団などの存在により、下関にとってベイスターズは欠かすことのできないアイデンティティーだったことを強く意識したという。
「とくに一昨年は、クライマックスシリーズを勝ち抜き、日本一まであと一歩のところまで迫りました。下克上を成し遂げての日本シリーズ進出は感動を覚えましたし、応援団のみならず街の方々がベイスターズに注目しているのを感じたんです。
 そして今回の12年ぶりとなる凱旋試合によって、下関市民は忘れかけていた誇りに気づけたことだと思います。この輪を更に広げていくことが私の仕事ですね」
 市民は元気と勇気を取り戻し、また試合の前夜祭では与野党関係なく地元の議員が集まり、党派の垣根を超えて盛り上がったという。
「最近はベイスターズに対しファミリーのような意識を持っているんです。離れて暮らす家族だけど、遠くで汗を流し頑張っている。だから今回は“おかえりなさい”というのが率直な気持ちでした。これからも下関市民はベイスターズの帰りを心待ちにしています。家族のように歓迎するので、いつでも戻ってきてください」

前編はこちら

(取材・文=石塚隆)

PROFILE

前田 晋太郎

1976年6月30日生まれ。下関市出身。2011年に下関市議会議員に初当選し、2017年に下関市長に就任。選挙戦では「横浜DeNAベイスターズの公式戦誘致」を政策アクションプランの一つとして掲げ、3月10日の下関でのオープン戦開催に尽力した。