ALL TIME BEST NINE
ベストナイン投票 結果発表!
たくさんのご応募ありがとうございました!!
award players award players

nominated players

選手プロフィール

・先発投手

DAISUKE MIURA

「ホエールズ」としての最終戦となる92年10月7日の巨人戦(横浜)でプロデビュー。98年は、8月上旬までに10勝を記録した後、肝機能障害で約1ヵ月間戦線を離脱したが、入院中も病院を抜け出し、ランニングをしていた。9月下旬に復帰すると、さらに白星を重ね、自己最多の12勝で優勝に貢献。自己最多タイの12勝を記録した05年には最優秀防御率、最多奪三振のタイトルを手にした。「ハマの番長」のニックネームでファンに愛された。

DATA
1973年12月25日 183cm/88kg 右/右 高田商高 
92⑥~16年 535試合172勝184敗0セーブ 防御率3.60

大先輩がこれだけいらっしゃる中、選んでいただき大変嬉しく光栄に思います!先発のマウンドにプライドを持って上がっていたので、それがファンの皆さんにも伝わっていたら嬉しいです。これからは若いベイスターズの選手たちの中からベストナインに選ばれるような、ベイスターズを、そして球界を代表する投手を育てたいと思います。三浦大輔はこれからもずーっと横浜です!ヨ・ロ・シ・ク!!

三浦 大輔
・中継投手

KOHKI MORITA

4年目の91年に念願のプロ初勝利を挙げると、翌92年は開幕ローテーション入りを果たす。途中休養の須藤豊に代わり監督に就任した江尻亮により中継ぎに転向するも規定投球回に達し、最優秀防御率のタイトルを獲得。その後も内角を鋭くえぐるシュートを武器に試合終盤を任され、佐々木主浩と共に「ダブルストッパー」として他チームに恐れられる。漁師をしていた盛田の父が若かりし頃、船上で病に倒れ、大洋漁業の母船に救われたという不思議な縁もあった。

DATA
1969年11月21日 186cm/89kg 右/右 函館有斗高 
88~97年 273試合40勝33敗28セーブ 防御率3.96

ファンの皆様に、いつまでも忘れずに応援していただき、大変感謝しております。皆様に投票いただいたことは、本人も喜んでいると思いますし、いまのベイスターズの活躍も見守ってくれているはずです。この度は本当にありがとうございました(盛田幸妃夫人より)

盛田 幸妃
・抑え投手

KAZUHIRO SASAKI

新人だった90年は先発を任されるも2年目からリリーフに転向。150キロを超す直球と落差の大きいフォークボールを武器に95年からは4年連続リーグ最多セーブを記録。98年は45セーブをあげてチームを38年ぶりの日本一に導き、また通算セーブ、通算セーブポイント、連続試合セーブなど、救援投手の新記録を次々と樹立した。00年にシアトル・マリナーズへ移籍し、日米通算381セーブを記録。14年には野球殿堂入りを果たした。

DATA
1968年2月22日 190cm/98kg 右/右 東北高-東北福祉大 
90①~99年、04~05年 439試合43勝38敗252セーブ 防御率2.41

引退から10年以上経ちましたが、こうしてファンの皆さんに投票いただき、選出されたことを大変光栄に思っています。本当にありがとうございます。今は山﨑康晃投手が抑えとして頑張っていますが、山﨑投手を筆頭に、これから先、僕を超える抑え投手が一人でも多くベイスターズから出てきてくれるとOBとして嬉しいです。

佐々木 主浩
・捕手

MOTONOBU TANISHIGE

高校通算42本塁打の強打の捕手として大きな期待を寄せられ、ホエールズ時代には山下大輔がつけていた背番号1をつけていた。一年目から開幕一軍入りを果たし80試合に出場。リーグを代表する捕手に成長した97年オフにはFA宣言し、一時は移籍も思案したが「横浜で優勝したい」と残留。強気のリードと強肩で投手を引っ張り、悲願の優勝を手にした。中日時代も含めプロ野球史上最多の通算3021試合に出場。

DATA
1970年12月21日 176cm/81kg 右/右 江の川高 
89①~01年 1417試合 1002安打 103本塁打 462打点 打率.248

多くのファンの皆さんに投票いただき、大変うれしく思っています。今のベイスターズの選手たちも悔しい思いをしながら日々頑張っていると思いますが、僕も現役時代に何度も悔しい思いをしながら頑張ってきたことで喜びも味わえましたし、引退してからもこうしてファンの皆さんに投票いただけることに繋がっているのだと思います。今年こそ、その悔しさが晴れるようにOBとしても見守っています。

谷繁 元信
・一塁手

NORIHIRO KOMADA

94年にジャイアンツからFAで入団。満塁の場面で無類の強さを誇った「満塁男」。98年は主将として優勝経験のない若い選手たちを襲うプレッシャーを解くためにチームを鼓舞した。日本シリーズ第6戦(横浜)では8回裏に0-0の均衡を破る決勝の2点適時打を放つ。00年9月6日の中日戦(ナゴヤD)で2000安打を達成した。ベイスターズでは94年から6年連続ゴールデングラブ賞受賞。95年には打撃用ヘルメットを被り守備についていた。

DATA
1962年9月14日 191cm/90kg 左/左 桜井商高 
94~00年 875試合 979安打 63本塁打 469打点 打率.289

この結果に僕で良いのかと、率直に驚いています。現役時代、素晴らしいチームメイトに恵まれていましたし、僕が残した成績よりもそんなチームメイトと一緒にプレーしていたことをファンの皆さんが覚えていてくれて選ばれたのだと思っています。本当にありがとうございます。

駒田 徳広
・二塁手

ROBERT RICHARD ROSE

球団史上最強の外国人選手。93年の来日当初は守備を高く評価されていたが、左右に打ち分ける打撃で94打点をあげ、打点王に輝く。97年からはマシンガン打線の4番に座り、退団する00年まで毎シーズン打率3割2分、95打点以上を残す。特に99年は前半戦の最終戦となった7月23日のヤクルト戦(横浜)で1試合10打点と荒稼ぎし100打点に到達。その後も打点を重ね、プロ野球歴代2位のシーズン153打点を記録した。

DATA
1967年3月15日 180cm/85kg 右/右 サンディマス高-エンゼルス 
93~00年 1039試合 1275安打 167本塁打 808打点 打率.325

歴代ベイスターズ(ホエールズ)チームの二塁手に選ばれてとても嬉しく思います。自分よりも前に多くの、そして、未来に向けてもっと多くの優秀な選手が輩出されるでしょうが、恐縮して現在この賞を受けさせていただきます。私に投票するために時間を割いていただいたすべてのファンに感謝するとともに、とても名誉に感じます。ありがとうございます。

ロバート・リチャード・ローズ
・三塁手

TOMIO TASHIRO

77年に5試合連続本塁打を含む35本塁打を放ち、正三塁手の座を掴む。自己最多、また当時のチームタイ記録となる36本塁打を放った80年には2度目のオールスター出場を果たす。大きな放物線を描く本塁打が魅力の一方でリーグ最多三振も3度記録した。引退試合となった91年10月10日の阪神戦(横浜)ではプロ最終打席で満塁本塁打を放ち選手生活に別れを告げた。278本塁打、1081三振はともに球団歴代2位。

DATA
1954年7月9日 185cm/80kg 右/右 藤沢商高 
73③~91年 1526試合 1321安打 278本塁打 867打点 打率.266

70年の歴史の中でファンの皆さんに選んでもらえたことは嬉しいですし光栄です。その中でも後輩であり、教え子でもある村田修一に勝てたことが本当に嬉しいです!村田には守備では負けていたけれど、打球の“品の良さ”は勝っていましたし、歴代の投手には守備で迷惑をかけた分、バットでお返しできていたと思っています。ファンの皆さんありがとうございました!

田代 富雄
・遊撃手

TAKURO ISHII

投手として入団した89年10月10日のヤクルト戦(神宮)でプロ初勝利を記録。92年から野手に転向し、翌年には正三塁手の座を獲得した。96年に大矢明彦監督により進藤達哉と入れ替わる形で遊撃手に転向。98年は一番打者として最多安打、最多盗塁でチームを牽引し、日本一に貢献した。06年5月11日の楽天戦(横浜)で球団生え抜きでは松原誠に次ぐ2000安打を達成した。試合数、安打数、盗塁数(355盗塁)はいずれも球団歴代1位。

DATA
1970年8月25日 174cm/78kg 右/左 足利工 
89外~08年 2158試合 2307安打 99本塁打 626打点 打率.283

歴代の名遊撃手がたくさんいる中で自分を選んでいただき、光栄です。これからも、野球界のお役に立てるように、また、他球団に移った自分を今でも応援していただいているファンのみなさまに恩返しができるように、これからも頑張ります。ありがとうございます。

石井 琢朗
・外野手

TAKANORI SUZUKI

投手が繰り出す難球をいとも簡単に左右に打ち分ける「ハマの安打製造機」。規定打席に初めて到達した96年は、最終戦に欠場すれば打率3割を維持できたがそれを拒み、結果、打率.299に終わる。しかし、その悔しさから打撃に磨きをかけ、97年は打率.335で首位打者。98年も打率.337で球団史上唯一の2年連続首位打者に輝く。マシンガン打線の3番打者として日本シリーズではチームトップの12安打8打点、打率.480で最高殊勲選手を手にした。

DATA
1972年4月10日 186cm/88kg 右/左 横浜高 
91④~08年 1517試合 1456安打 146本塁打 700打点 打率.303

70年の歴史では多くの素晴らしい外野の諸先輩方がいらっしゃいましたし、その中で僕がベストナインに選ばれたことは恐縮です。今回の投票は歴代のOB選手が対象ということなので、高校の後輩でもある筒香選手と同世代でなかったのが良かったとも思っています。ファンの皆さんには本当に感謝いたします。ありがとうございました。

鈴木 尚典
・外野手

KANAME YASHIKI

高卒のドラフト6位入団ながら1年目から一軍出場を果たし、78年のジュニアオールスターではMVPに輝く。85年には高木豊、加藤博一に続くスーパーカートリオの3番打者として足だけでなく一発長打を秘めた打撃を披露。快足を生かした守備ではゴールデングラブ賞を5年連続で、盗塁王を86年から3年連続で獲得した。通算317盗塁は球団歴代2位。シーズンオフの「プロ野球オールスター大運動会」で行われる100メートル走では毎年1位に輝いた。

DATA
1959年6月11日 178cm/75kg 右/両 三田学園高 
78⑥~93年 1474試合 1136安打 57本塁打 370打点 打率.270

もっと良い成績を残されている先輩がいらっしゃる中で、僕が選ばれて良いのかなと思っています。ただ、選ばれたことは大変光栄なことですし、本当にうれしいです。現役時代、打撃ではあまり良い成績を残せませんでしたが、守備や走塁、あとは常に心掛けていた全力プレーをファンの皆さんが認めてくれたのかなと思っています。投票してくださったホエールズ、ベイスターズファンの皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

屋鋪 要
・外野手

CARLOS PONCE

デビュー戦となった86年4月4日の阪神戦(横浜)で2本塁打、5打点を稼ぎ、前年日本一の阪神を降す活躍でファンのハートをつかむ。その風貌と明るいキャラクター、来日1年目から105打点を記録するチャンスに強い打撃は「スーパーマリオ」の様だった。87年は打点王、88年は打点王と本塁打王を獲得。デビュー年から4年連続20本塁打以上を放った球団の歴代外国人選手はシピンに続いてポンセが2人目だった。

DATA
1959年2月7日 180cm/80kg 右/右 南ジョージア大-ブルワーズ 
86~90年 533試合 601安打 119本塁打 389打点 打率.296

球団の歴史のなかでベストの外野手の一人に選ばれてとても光栄です。何年もの間、私を応援してくださっているファンの皆さまに感謝します。横浜にはいい思い出がたくさんあります。また皆さまにお会いできることを願ってます。ありがとうございました。

カルロス・ポンセ